複雑・ファジー小説

Re: 最初で最期の最高な友だちへ ( No.1 )
日時: 2013/07/28 18:16
名前: 明衣 ◆ZVbBSoYxm. (ID: J7xzQP5I)

Ⅰ.責任


——何で私なの?

——どうして………?


 視界が半分になってから三日が経った。病室に一度でも来た人は五人。お母さん、弟の拓海、おばあちゃん、おじいちゃん、そしてただ一人の友人日和。
 大怪我をしたのに同級生が誰一人来ないことを寂しいとは思わない。なぜなら、それが私にとって普通だったから。家族だけ、日和だけ。日和は誰かを連れて来ようかとは言わない。気が利かない所はあるけれど、それはこの話とは違う。日和も同じように考えているのだ。

「あかねちゃん?どうしたの、ぼーっとして」
 
 ふいに日和が話しかけて来た。というか、私が日和の声に気付いていなかっただけなのだが。

「いつもぼーっとしてる日和が何言ってるの」
 
 冗談めかして言ってみた。まあ、殆ど本当の話なんだけどね。日和はいつもゆったりとして、のどかな感じで太陽みたいにほんわかしている。「日和」という名前がこれほどぴったりな子はいないと思う。

「そういえば……。言われてみればそうかも」
 
 優しくはにかむ日和の姿はもう見慣れた。のほほんとしててこちらまでおっとりとした雰囲気になりそう。
 曖昧な日和にうっすらと私は笑いを見せた。そのとき、ガラッと重たい戸が開いた。軽やかに響く靴音が私の座っているベッドに近づいた。

「お姉ちゃん、これ。家にある本持って来た」
 
 弟がベッドの横のデスクにドシッと布袋を置く。そういえば私が暇だから持って来てと言ってあったのだ。

「お母さんは?」

「先生の所」
 
 ふうん、と軽く返す。退院の相談でもしているんだと思う。私を看てくれたおじさん先生はそんなに感じのいい、優しい人ではなかった。だからあまり好きではない。

「拓海くん、偉いね。すっごい成長したと思うよ。私と初めて会った時はまだもう小さかったのに」
 
 日和が残念そうなものを含んだ言い様で話すものだから、たくは少し照れる。昔から分かりやすいヤツだ。

「日和、あんたも今日は定期検診じゃなかったっけ?」
 
 ふいに思い出したので訊いてみた。日和は良く忘れるから結構大変だ。日和の担当の先生は内科の先生であって、優しい若い女の先生だったと思う。今までこんなことを一度も思ったことが無いが、今は少し羨ましい。

「ああ!そうだった!」

「やっぱり忘れてたかぁ。早く行って来なよ。杏子先生心配するよ」

「うん。じゃあ、ちょっと行ってくるね」
 
  ふわふわと笑って手を振りながら日和が廊下に出て行った後、私は弟に話しかけた。

「多分、今生きていられるのは幸運だよね」

「え?」
 
 まだ小さい弟には早い話かもしれない。

「日和がいるから、まだこの世にいるから死んだらいけない気がしたんだ」

「でも、お母さんは言ってたよ………」

 躊躇うことをしらない年齢の弟に少し苛つきをおぼえた。

「分かってる!分かってるよ!!この失明した片方の目は戻らないし、足だって治るか分からないことぐらい!」

 つい、大声を出してしまった。たくは驚いている。当たり前だ。

「でも、何で私だけ?何かした?どうして?!」

 すっきり、したのかなと思う。心が吹っ切れた。入院してから溜まっていたものが晴れてゆく。
 ごめん、たくにばっかり。いつも、何でも。まだ小さいのに。私は気持ちを切り替えた。

「たく、今何歳だっけ?」

「六歳。いい加減弟の年くらい覚えてよ」
 
 飽きれたように、というか、飽きれながらたくは私に言い返した。まあ、常識的な反発だろう。

「いい?お姉ちゃんは十四歳。ぼくは六歳。八歳差。お姉ちゃん引く七って覚えて」
 
 数学、たくに合わせれば算数を幼稚園の先生が先取りして教えてる時の口調そっくりだった。年長さんにしてはしっかりしているではないか。まあ、私も何歳差か忘れる程馬鹿ではない。確か小二の時にたくは生まれたはず………。計算が面倒だっただけだ。と、テキトーに言い訳をしておいた。

Re: 最初で最期の最高な友だちへ ( No.2 )
日時: 2013/07/26 21:57
名前: 明衣 ◆ZVbBSoYxm. (ID: J7xzQP5I)

「たくなんか、日和と私が出会った頃のこと覚えてないでしょ」

「うん、そうだね。大分前じゃない?」
 
 そうでもない気がするが、そうでもある気がする。分からない。ただ、月日が経つのは早いのだ。


——本当に早いから、大切なものを大事にしなくてはならない


 私が日和ではないのに入院した理由。それにはとある数日前の交通事故が関係している。
 日和と一緒に買い物に行く予定だった。交差点、信号無視のトラック。良くある交通事故かもしれない。ありふれている。不幸中の幸い、死者は出なかった。一生寝たきりのような重傷な怪我人もいなかった。だから、左目の失明と右足膝が使えなくなるかもしれないという状況の私が一番その事故による被害を受けた。
 救急車で運ばれて、気がついたときの絶望感は多分人生で一度も忘れないだろう。目が覚めたとき、視界が半分になってしまったのだ。怖かった。首を大きく曲げないと見えないことも多くなった。右足も自由に動いてくれない時がある。動く時もあるけれど、今はまだ松葉杖無しでは暮らせない。
 そして、私が何より怖かったのは日和に心配をかけることだった。ストレスが溜まったら病弱な日和に迷惑をかけてしまう。日和の専属の医者、杏子先生に言われた。

『難しいかもしれないけれど、明るく振る舞ってあげて。良い思い出を作ってあげて』
 
頭に何度も叩き込んだ言葉がまた心の中でリプレイされる。同時に、日和のお母さんの言葉も思い出す。

『ごめんね、本当にごめんね。日和と仲良くなってくれたのにこんなに………』
 
 最後に泣き崩れて言葉が続かなかった日和のお母さんを思い浮かべると心が張り裂けそうになる。いつだっただろうか?日和が救急搬送された時のお母さんの真っ青な顔を見たのは。理不尽な世の中だ。


——この理不尽な構成を作った誰かは責任をとってくれるだろうか?


——私の身体を、日和の人生をかけてまで何かをする価値があるのだろうか?


「情けない考え……。私は悲劇の少女にでもなったつもり?馬鹿みたい……」
 
 そっと、呟くようにして言葉をもらした。
 自分でも笑いがこみ上げてくる。可笑しな話だよ。生まれた時から死と隣り合わせの人生を歩んで来た日和の友だちがこんなに考え込んでるなんて。悲劇の少女は、私じゃない。
 涼しげな風が病室に舞い込んだ。そういえば、もう秋だ。物思いに耽る、というのだろうか、そんな感じで病室に静けさが漂った。たくは何やらアナログな携帯ゲームをしている。
 沈黙の広がる部屋に客人が訪れた。……随分上からな表現だと思う。

「あかね、日和ちゃんに会ったよ。杏子先生の所に行くって」

「うん。ちょっと前までここにいた。お母さん、おばあちゃんの調子大丈夫?」

「大丈夫、だと思うけど………」
 
 あやふやなお母さんの言い方にあまり調子が良くない感じがする。
おばあちゃんは最近具合が悪いみたいでこことは違う病院に毎日通っている。もう長くないかもしれない。孫の私が言うのも何だけど、私が事故にあったあの日の前日にも救急車を呼んだしね。肺が弱いみたい。
 運命というものなのかな。良く運命は変えるためにあるとか言うけど、私は違うと思う。いつ生まれ、いつ何をして、いつ人生を変える出来事があって、いつ死ぬ。全てひっくるめて運命だと思う。
 人生イコール運命って変えられないんだよね、実際、運に任せた命が人生でしょ。

「お母さん、ごめん。私が怪我したからおばあちゃんのこと……」

「そんなこと気にしなくていいの。おじいちゃんはすごい元気でおばあちゃんを支えてるよ」
 
 お母さんが、あかねは、と続けた。

「日和ちゃんが一番大好きでしょ」
 
 不思議な笑みだった。笑っているけど、内容はとても悲しいもの。実の娘が実の祖母より友人を選んだ話。
 そういえば、私は昔から可笑しな考えの子って言われたなぁ。自分の本心を知らない寂しい心の女の子。多分、これからも言われるんだろうな。私は自分の考えを貫き通すすもりだからね。
 日和がこの世で暮らす間は、日和のためにしか生きない。絶対に。