複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.104 )
- 日時: 2013/08/19 16:01
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)
16.
そろそろ馬車置き場に着くため、僕とセラフィタは準備に取り掛かった。
セラフィタはここにくるまで、昨日とは違う服装をしていたのだが、それがなぜか民族衣装のような物を着ていた。
布をたっぷりつかった若草色の民族衣装で、まるで僧侶のようだがどこか高級な気品をただよわせる。
背中のほうに余った布があり、それをフードのように頭からかぶるとセラフィタの顔は目以外は完全に隠れてしまった。
「いったいどこから取り寄せてきたのですか……」
「俺は知らん」
「えへへー、セラの持ち物なの♪」
唯一見えている、桃色の瞳が三日月形に細まった。笑ったのだろう。
本当に、目だけでしか表情が把握できない。
「……お前、本当に一度聞いただけの声なんて覚えていられるのか?」
フォルスは疑わしげにセラフィタに尋ねた。
「だーいじょうぶ!セラは天才だからっ。失敗したことなんて一度もないんだよー?そのあとに見つかったことならあるけど」
それを失敗というのでは……?
まぁ、この際なので僕はそう思っても口には出さなかった。
ちなみに僕は、短いマント、というよりケープのような物を羽織っただけである。
「ライト、ほらこれ」
フォルスが悪趣味な仮面を手渡してきたので、僕はそれを身に着けて顔を隠した。
「あっはは、仮想パーティみたい♪ライト似合ってるよー」
「どうも。非常に不本意ですが」
……なぜ僕やセラフィタがこんな恰好をしているのかというと、まず第一に王城の者に面が割れないようにするためだ。
またセラフィタは、フォルスの補助で『声の担当』をするため、口元を見られては非常にまずい。
そう、これからフォルスが幻術で変装するのは、声はフォルスには真似ができない人物だからだ。
そして僕とセラフィタは、その人物の家来の役目。
実際、その家来(本物)はいつもこんないでたちをしているらしい。
……なんというか、悪趣味だ。
「……ついたな」
フォルスが言った。すると馬車は一際揺れて止まった。
フォルスはすでに幻術を使用し始めてしるらしく、彼の周りは陽炎がたっていた。僕の位置からではわからないが、おそらく今、彼の瞳は再びあの藍色がかった漆黒に変わっているのだろう。
——まぁ、そのように見えるのも僕とセラフィタだけなのだろうが。
馬車からフォルスを先頭に僕たちは地に降りた。もうここは王城の敷地内なので、地面は整地された芝生である。
「宮廷魔導師さまのお到着です!敬礼!!」
新人らしき若い兵士が高らかに宣言した。馬車から城内へ続く入口までは、ずらりと兵士たちが並んでいる。
一斉に背筋を伸ばし、機械的に敬礼をする彼らの目の前を、フォルスは実に堂々と通り過ぎて行った。
『くすくす、本気で気づかないんだぁ♪』
フォルスの後ろを並んでしずしずと歩く中、セラフィタは小声で僕に言ってきた。実に楽しそうである。
そう、フォルスが今兵士たちに見せている姿は、『宮廷魔導師』。
ここディオロラ王城から離れた地域にしばらく遠征に出かけている『はずの』宮廷魔導師である。
ちなみに、魔導師といっても本物の本人は人間で、ちょっとした占いができる程度らしい。実際、人間が魔導師を名乗る場合、できるのはその程度しかできないのだが。
ついに王城の入口まできた。ここから先は、城に関する者以外はいかなる貴族であろうと立ち入り禁止である。
近衛兵らしき人間が、
「宮廷魔導師どの、長き旅路お疲れ様でした!応接間にてごゆっくりおくつろぎください、侍女が案内いたしましょう」
と言った。とたんに、セラフィタが、
「ふん、さっさと案内しな、あたしゃご老体なんだよ!」
と、全く表情を変えずに言った。
その見えない口元から発せられた声は、まるで年季の入ったようにしわがれていて、『意地悪で嫌味な老女』そのものであった。
兵士はとたんにビクッ、となって、
「も、申し訳ございません!おい、侍女!早く案内を!」
冷や汗をかきながらペコペコと謝った。
同じくうっすらと冷や汗を浮かべてやや怯えた風の侍女が、案内を始める。
『どうだったどうだったー?これがセラの実力なんだぜ☆』
相も変わらずセラフィタは小声で僕にそう話しかけてきた。ばれてしまうリスクを考えないのだろうか?
……とはいえ、セラフィタの実力はなかなかのものであった。
兵士や侍女の反応から察するに、その声もまるでフォルスが見せている幻影の『宮廷魔導師の老女』から発せられたものだと完璧に信じられただろう。
今のところは、どちらの働きも順調なようだった。