複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.108 )
- 日時: 2013/08/20 09:59
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)
17.
今回、フォルスとセラフィタが情報を集めるために会う相手は大臣である。
ヴィル——否、アルフィア国王直属の大臣で、何人かいる大臣の中でもそのすべてを束ねる、いわば『王の次に偉い役職』である。
客間でさえ王室らしく豪華絢爛に飾られている中、僕らはその大臣がやってくるのを静かに待っていた。
ちなみに名目上は、ここでの会合は『遠征から一時帰宅した宮廷魔導師が大臣に至急、何かを報告する』ということになっている。
もちろん宮廷魔導師として大臣に与える報告とは偽の情報である。
ガチャ、と重厚な造りの大きな扉が開いた。
すべての素材が一級品なだけあり、ドアノブの音以外はいっさいの音をたてずに扉は開き、大臣が客間に入室した。
「失礼いたします」
そう一礼して、大臣は静かに僕たちの向かいの長椅子に座った。
大臣は初老の男性で、やはり人間だった。庶民には全く見ることがない、きれいに磨かれた眼鏡をかけており、神経質そうな男だ。
目の下にはうっすら隈ができている。いでたちやその立ち振る舞いだけで彼の忙しさが垣間見えた。
大臣が着席するまで、フォルスは組んだ両手にあごをのせて暇そうに無表情にしており、セラフィタは大人しくしているようであちらこちらを眺めていた。
セラフィタはこんな性格だからしょうがないとして、フォルスはいくら幻影を使っているにしても少し態勢が緩すぎないだろうか……。
僕は隣に座るセラフィタに、あちらこちら眺めることを諌めるのと、大臣が来たので気を引き締めるようにという意味を込めて足を少しつついた。セラフィタはすぐに大人しくなる。
大臣が口を開いた。
「今回は、遠いところから一時帰宅ということで、誠に……」
しかし、形状の労いの言葉を大臣が述べる前に、
「長ったらしい挨拶なんてどうでもいい。どうせ遠征なんざアタシが邪魔だから飛ばしただけのいい口実だろ?はっ、いいご身分だよアンタも!ええ大臣サン?」
セラフィタがあの老婆の声でギャーギャーわめくように言った。
大臣はそれに若干眉をひそめる。
しかし彼が睨んだのは、セラフィタではなくフォルスのほうだった。
おそらく大臣には今、あんな楽な恰好で無表情に座っている青年などは眼中にないだろう。代わりに、(セラフィタが発した)ガラガラ声でわめく偏屈な老婆に見えているはずだ。
「コホン、……ええ、失礼いたしました、では早速報告とやらの件についてですが」
大臣は心底この老婆との話を終わらせたいように、やや早口でそう言った。
話し出す前に「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らすのもセラフィタの演技だ。
「あんたらお偉いサマがアタシを飛ばした場所——ああ違ったね、遠征場所で見つけた情報さ、せいぜい感謝しな」
迫真の演技をセラフィタは微動だにせず演じる。
そう、本来『喋っている』のは老婆だけであり、そのお付き2人の仮面の男とローブの女は何もしていないのである。僕は当然ながら、セラフィタも『何もしていない状態』を演じなければならないのである。
……考えてみれば、そんな風に声のみ演技、というのはなかなか至難の技といえる。
セラフィタがセリフ(おそらく事前に台本を覚えたものだろう)を切ったところで、やっとフォルスが動いた。
持ってきた荷物の中から、羊皮紙を取り出して無言で大臣に突き出す。
大臣は怪訝そうにその羊皮紙を受け取った。フォルスに気づいた様子は皆無である。
僕は、彼が羊皮紙を手渡すときに一瞬ドキリとしたが、問題は全くなさそうだった。幻影術とは、ある程度の距離を近づきすぎたり、または対象と触れてしまったりすると効果がなくなってしまう恐れがある。
だが、そんな心配もまったくないのは、やはりフォルスが優秀な幻影使いだから故だろう。
しばらく羊皮紙の内容を読んでいた大臣は、少し目を見開き、「これは……!」と驚いた風になった。
「……宮廷魔導師殿、これはいったいどういうことですかな?」
「なんでこのアタシが、そんな内容を理解もできないほどの馬鹿に教えなきゃならないんだよっ。自分で考えな、若造が!」
即座にセラフィタはそう切り返した。
余談だが演技上はそう言いつつも、セラフィタ本人は羊皮紙の内容は一ミリも理解していないこと間違いなしだ。
しかし、大臣には見事にそれで通用した。
「失礼……。しかし、信じられん……」
それからしばらく、偽の報告会は続いた。このあたりは作戦と関係がないので、僕は聞き流すことにした。同じくフォルスも、羊皮紙を渡して以降はまたあの状態で暇そうにしていた。
いや、暇そうにしていた、というより幻影を操るのに集中していたのかもしれない。
人に幻影を見せている間は、人形師のようにせわしなく人形(幻影)を動かさなければならないらしいからだ。
——そして、ついに本題に入った。
いい加減大臣とのやり取りに飽き飽きしてきた風のセラフィタだったが、フォルスの『そろそろあの質問をしろ』という目だけの合図に、心なしか少し浮足立った様子だった。
「ところで大臣、ヒト様からこれだけの情報を搾取したんだ、こっちの質問にも答えてもらいたいんだけどねぇ」
やや意地悪な笑いを含んだ声で『老婆』は喋った。
「はい、わたくしがお答えできる限りでよろしければ」
「どうせ最初にそう言っておけば、後で『お答えできかねます』とでも言うんだろ」
「……」
「ま、いいさね。……アタシが聞きたいことはね、——『国王は本物なんだろうね』?」
大臣の眼鏡越しの目が少し見開かれた。