複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.120 )
- 日時: 2013/08/22 13:56
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: aRobt7JA)
19.
それから、数日が過ぎた。
その日の朝、アリスはリリアーナがとっている新聞を勝手に読みながら酒場でくつろいでいて、僕は宿に遊びに来たセラフィタを見張っているところだった。
「『王城内、2名が頭部を射殺』ですってー。物騒ねー」
何てことないようにアリスが記事の話題を口にした。
「どなたか殺されたのですか?」
「そ。なんか、国王お付きの執事と書記の2人が、書記室で死んでたんですって。銃弾の割には結構頭部が大破していたから、魔術の可能性もある……」
「物騒ですね」
酒場にある木のコップでピラミッドを作ってセラフィタが遊びだしたので、僕は崩れてしまわないか監視しながら返事をした。
「……ついに動き出した、って感じかしら」
「え?」
アリスが何かボソっ、と言ったが、僕はよく聞き取れなかった。
アリスは目線は新聞に向けたまま、いつになく真剣な様子で僕に改めて言ってきた。
「記事によると、殺された2人は脳みそがぐっしゃぐしゃになってたそうよ」
「…………」
「まさしくアイツのお得意な戦法よね、コレ」
——お前の脳、破壊してやろうか。
……正直に言うと僕は、彼のあのセリフは冗談だとばかり思っていた。
いや、しかし。
「ニーグラスさんがやったとして、なぜそんなことを行う必要があるのですか?」
「さー?なんか考えてんじゃないのー」
先ほどの真剣さはどこへやら、アリスはいつも通りの調子に戻って投げやりに言った。手っ取り早く新聞を四つ折りにして片付け、席を立つ。
「セラちゃん、ちょっとお出かけしない?」
「ふえ?あ、行く行くー♪」
それまで僕たちの会話にはまったく興味を示さなかったセラフィタは、嬉しそうにピョコンと立ち上がった。気が合うようで、この2人はだいぶ仲がいいらしい。
「どこか買い物ですか」
「ま、そんな感じー?ああ、ライトは自由でいいわよ。たまには女の子だけで過ごしてみたいし♪」
「そうですか」
最近は休みが多いな。またフォルスのところで時間でも潰すか……。
と、思っていたときだった。
タタタタタッ、と軽快に階段を下る音が聞こえたかと思うと、
ひょいっ、とヴィルが顔だけ覗かせた。
……たぶん図ったな。
「おはようございます、ヴィルさん」
「うむ、早いなエメラルド。で、今貴様は暇か?暇だな?ならボクに付き合いたまえ!」
確信した様子でヴィルは階段を飛び降りた。
……ま、いいか。時間潰しにはちょうどいいかもしれない。
-*-*-*-
「おお!これが庶民たちが頻繁に利用する『屋台』か!」
大通りにて、ヴィルは昼間の喧騒に負けないほど大きな声ではしゃいでいた。
ヴィルに同行を頼まれたのは、僕に街の案内役を務めてほしかったかららしい。
「あまり走らないでください、見失ったら見つけるの大変そうですから」
「問題はなかろ。ボクのこの存在感はどこに行っても健在である」
大問題ですよ……。
そんな僕らの様子を、周りの人々はなぜか微笑ましげに眺めていた。
さしずめ、大金持ちの幼い坊ちゃんとそれに手を焼く少年執事、とでも思われているのだろう。
焼き物屋の屋台でヴィルは足を止め、目をキラキラさせながら屋台主が何か焼いている様子を眺めている。
かと思えば、次にはお菓子の屋台で子供好きそうな老婆にアメをちゃっかりもらっていたり……。
僕は、とりあえず途中から追いかけるのをあきらめた。
よくよく考えてみれば、大通りとはいえ中央にある噴水にいれば、全体を見渡せる。ここに居れば、まず見失うことはないだろう。
それにしても……。
「よく一人であそこまで楽しめるな……」
銅像のフリをしている大道芸人を、近所の子供たちと一緒になって冷かしているヴィルを眺めながら僕はそう思った。
王位を継承した王家の者は、それから一生を王城内で過ごすと言われるほど自由が利かなくなるらしい。
さすがに外交などで、多少の外出はあるかもしれないが……実際に、国王というのはそれほどまでに重要な立場のため、なかなか外には出られない。
ヴィルは、そんなある意味では牢獄のような生活を、3歳で強いられたのだ。それからさらに5年間。
……家出をしてみたくなるのも、当然だったのかもしれない。
「エメラルド!」
鬱々とそんなことを考えていると、いつの間にかヴィルは近所の子供たちと別れて僕の方へ走ってくるところだった。
両手には、なにやら大きな紙袋を抱えている。落としそうだ。
「まだ遊んでいなくてよろしかったのですか」
「もう昼時だから、あ奴らも帰ってしまったのだ。庶民の子供はいいやつばかりだな!どこぞの従兄弟(いとこ)と大違いだ」
「仲良くなれたようで何よりですね」
何となく僕は、周りの人々が微笑ましげにしている気持ちが少しだけわかったような気がした。
「あ、そうだ。それからこれはあの屋台でもらった物だ。エメラルドにも分けてやる」
「どうも」
紙袋の中身は、魚のカタチをした食べ物だった。出来立てらしくホカホカと湯気がたち、持つと温かい。
「見たことがない料理ですね?」
「名前は忘れたが、異国料理らしいぞ。中に潰した小豆が入っていて美味いらしい」
とりあえず一口。美味しい。
「うむ、なかなかいけるな」
「そうですね。……それにしても、」
「む、どうした」
「いえ。なぜこれは、魚のカタチをしているのでしょうか?色も茶色でまったく魚らしくないのに」
「まぁそのあたりは気にするでない」
そうして、僕はこの日の昼は平和に過ごしていた。