複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.122 )
- 日時: 2013/08/23 21:15
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: aRobt7JA)
20.
それから、変わった異国料理の昼食を終えてヴィルはまたどこかへ歩き出した。今度は大通りを外れる。
「他にも、どこか行きたい場所があるのですか?」
「ふ〜む、そうだな。……エメラルド、お前の薦める場所はないのか?」
ヴィルは逆に尋ねてきた。
しかし、急にそう言われても……。そもそも僕は、この町はアリスが旅の基本的な拠点にしているのでそれに付いてきているだけであって、とくにこの町の見どころを知っているわけではない。
あえて思いつくとすれば、港ぐらいだろうか。
「海が見たければ、港なら知っていますが」
「ふむ、そうだな。では港に案内したまえ」
ようやく行先が決まった。
——その時だった。
ザッ、……
「む。何やつだ、貴様らは!」
突如として、僕とヴィルは柄の悪そうな大人数の人間に囲まれた。男が圧倒的に多いが、女もいる。
服装も統一しているわけではないが、皆一様にヴィルを睨むように凝視していた。……狙いは彼か。
「ヴィル、下がってください」
「おお、頼もしいな。あとは任せるぞエメラルド」
そう話していると、取り囲んだ人々の奥から、ボロボロの布をバンダナのように頭に巻いた男が現れた。だいぶ体格もがっしりしていて、喧嘩になったらさすがに魔獣にでもならなければ勝てそうにないほど、強そうだった。
その男が口を開く。
「おい、そっちの金髪の方。大人しく赤髪のそのガキを渡せば、お前には手出ししないでやるぞ」
「……誘拐ですか?」
「さぁな?お前には関係ない」
取り巻きらしき周りの人間が、「さっさとガキをよこせ!」とがなり立てる。
今ふと思ったのだが、どうしてこう『悪役』らしい人物などは、皆一様に下品な真似しかできないのだろう?心が汚いなら、せめて言葉づかいくらいは丁寧にしてほしいものだ。
と、僕がどうでもいいことを考えていると、その沈黙を交渉の決裂と男は受け取ったらしい。
「ったく、大人しくしてりゃあキレーな顔に傷つけることもなかっただろうに。……おいお前ら、ガキをひっとらえろ」
それを合図に、取り巻いていた連中が一斉に襲い掛かってきた。
僕は彼らに対し、どうしたかというと。
クルリと背を向けて、後ろにいたヴィルをガシ、としっかりつかみ、
「!?」「おいあの金髪、何するつもりだ……!?」
周りの声はお構いなしに、僕は変化魔法を解除。
バサッ!
僕の背から、1対の翼が生えた。体の他の部分は人間のままだ。
今僕は、人間のよく言う『天使』のような恰好をしていることになる。
そして僕は、ヴィルを抱えたままそこから飛行。
つまり逃げた。
ヴィルを捕まえようとした人々は、ポカーンとした顔で唖然と僕たちを見上げている。
「おお!素晴らしいな上空からの景色は!ますます気に入ってしまったではないかエメラルド!」
「どうも。でも今はできれば逃げ切れた後に話しましょう」
残された人々を注意深く眺めながら僕は言った。
おどろいているのもつかの間、人々は唯一冷静だったさっきの男(おそらく彼が頭領だろう)の一括で、我を取り戻した。
そして男は、取り巻きに命じて何やら大きめの黒い袋を持ってこさせた。
その袋の中身は、というと——狩猟銃。
「……まずいですね」
「何がだ?」
状況把握ができていないヴィルに、僕はとりあえず短く言った。
「しばらく腕にでも掴まっていてください。振り落したら元も子もないので」
「物騒だな。まぁわかった。頼むぞエメラルド」
僕は、あえて魔獣の姿にはならないでおいた。魔獣よりヒトガタのほうが、銃弾の当たりやすい面積が狭いからだ。
どのあたりに逃げようか考えながら、僕はまず右に旋回した。
しかし、そんなときに不運が襲った。
ビュオオォォォっ
「っ、!?」
「うわ!!」
突風にあおられ、僕の進路に少し乱れが入る。
それを狙ったのか否か、男が銃を放つ音が聞こえた。
ダンッ!
瞬間、僕の翼に激痛——は、走らなかった。
「…………」
「……ふむ。あ奴、狙撃の素質は皆無であるな」
銃弾は僕の遥か下を、ヘロヘロと通過していった。……本当に狙ったのだろうか。
地上では銃を放った男が、地団太を踏んでまた次の弾を準備し始めた。
しかし、その間に逃げられそうだ。
「予想以上に馬鹿で助かったな、エメラルド」
「そうですね。不幸中の幸いでしたか」
——「さぁ、それはどうかね」
ぞわっ、と。
背筋が凍るような、無機質な声が聞こえた。
しかしそれは、僕でも聞いたことのある声。いや、『知人の声』という先入観があるが故に、ここまで底冷えのするような声に聞こえるのかもしれない。
僕は空中でいったん浮遊しながら留まり、声の主を振り返る。
町の中でも一際高い、時計塔らしい建物の上に、その人物は悠々と胡坐をかいて座っていた。
僕と目が合うと、そのヒトはゆっくり立ち上がる。
黒い外套が、上空の風になびいた。
「よぉ、グリフォン」
ゼルフは、力なく小さく笑って片手をあげた。