複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.126 )
- 日時: 2013/08/26 00:27
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: aRobt7JA)
21.
「ニーグラスさん……なぜここに?」
僕は、とりあえずゼルフがいる背の高い時計塔とは対照的に、少し低い何かの建物の屋根の上に着陸した。三角の屋根なので、ヴィルが落ちないように腕は掴んだまま、時計塔の上のゼルフを見上げる。
「さっきの奴ら、あれが革命団なんだよ。お前に猟銃ぶっ放した阿呆が頭領」
ゼルフは淡々と答えた。
「なるほど。では、なぜ彼らはヴィルさんを狙ったのですか」
「白々しいね、グリフォン。とっくに気づいてるんだろ、そんなこと」
「…………」
僕が黙っていると、ゼルフはまぁいいや、と呟いて僕に話してくれた。
「お前もすでに知ってると思うが、そのガキは『アルフィア国王』だ。うまく人質にとって、大臣どもに交渉を突きつければ政治なんて革命団の思う壺。あいつらはそれを狙っていたんだよ」
「……なぜその情報を、彼らが持っているのですが」
「俺が教えたから」
サラリとゼルフは答えた。
「……ニーグラスさん、あなたはいったい何が目的なのですか?僕はあなたが、財力や名声ばかりを求めるような人格の方には思えません。それともこれは、僕の買い被りですか?」
「紅玉の魔女の聡明な召え魔にそこまで評価してもらえるのは素直に嬉しいものだな」
「質問にお答え願います」
ゼルフはやれやれ、といった様子で態度を改めた。
「そうだな。あえて言うなら俺が望むのは、」
瞬間、彼の蒼玉の瞳は、氷よりも冷たい輝きを帯びた。
「——人間の絶滅だ」
「っ、!?」
咄嗟に僕は、何かを考える前に直感で動いた。
ヴィルを片手で抱えて、建物の屋根を飛び移る。
その直後。
ダンッ!!!
僕が——否、ヴィルがちょうどいたところが爆ぜた。
「のわっ、何事だエメラルド!?」
急に飛んだため驚いたヴィルが手足をジタバタさせるが、かまっている暇はない。
「さすがだなグリフォン。あのニンフェウムに付いていけるだけのことはある」
「っ、……」
緊張で少し乱れた呼吸を整え、僕はゼルフに尋ねた。
「ヴィルさんは人質にとるのではなかったのですか?なぜ攻撃をするのです」
「なぜ、と言われてもなぁ。——人間だからだよ」
ゼルフは今度は、狙いを定めるように右手を突き出してきた。
「そのガキの脳、破壊させてもらうか」
バキィっ!!
寸でのところで僕は再び避けた。
(狙いが正確すぎる、しかも魔術を繰り出すまでの呪詛が一切ないから、こちらに余裕ができない……)
1発でも当たったら終わりだ。
そう僕が考えていると、
「……エメラルド」
少し黙っていたヴィルが、いつになく静かに僕を呼んだ。
「なんですか、今無駄に話されるとあなたの命がありませんよ、っ!」
ゼルフはどんどん攻撃のスピードを速めて、狙撃のように狙ってくる。
それを避けながら僕は言った。
するとヴィルは、思わぬことを言った。
「……もう良いのだ、エメラルド」
「え?」
「ボクをあの男に差し出して、殺させろ。そうすれば貴様は助かるのだろう?」
僕はヴィルを見た。
琥珀の瞳が、悲しげに笑っていた。
「なぜここまでしてくれたのか、理由はわからないが……いや、貴様はきっととんでもない善人なのだろうな。とにかく、貴様はこれまで何回もボクを助けてくれた。これで十分だ」
「十分なんて……急に何を言い出すんですか?気持ち悪いですよ」
「ははっ、相変わらず貴様は口が減らない」
「そこか?『国王』サンよ」
ズガァンっ!!
僕は瓦礫に紛れてまた場所を移動する。瓦礫のカケラで額が少し切れたようだった。ヴィルも頬を小さく切ったらしい。
「なぜですか、ヴィルさん。言っておきますが、あなたはまだ8歳ですよ?せめて義兄さんの亡命年齢の21歳までは生きたらどうです」
「いや、8歳で十分だ。もともとボクは、生きてたらいけない存在だったのだよ。それが8年も生きたのだから、十分だ。最後に外に出て、おもしろいものも見れたことだしな」
生きていたらいけない存在って、……いったいヴィルは何のことを話しているんだ?
「そもそも、本物の国王はとっくに死んでいると、最初から国民たちにも公表すればよかったものを。ボクは全国民を欺いて、5年間王座に座っていたのだ。王の資格どころか、生きている資格すらない」
「何を……」
と、僕が反論しかけたその時。再びゼルフの声がどこかから聞こえた。
「なかなかしぶといな、グリフォンも」
ハッ、としてまた逃げようとした矢先、
「!」
ストッ、と上の建物の屋根から、僕たちの目の前にゼルフが着地した。
じり、と僕は後ずさる。だが、ヴィルは動こうとしなかった。
「ヴィルさん!」
「そう逃げるなって。グリフォンには手だししない。俺も悪魔アリスは召喚したくないからな」
どこまでも、いつもと変わらない飄々とした口調で、しかしその瞳は冷え切ったままゼルフは言った。
不意に彼は真面目な口調になり、尋ねてきた。
「なぁ、グリフォン。なんでお前はそこまでして、その人間に肩入れするんだ?そいつは、『国王に成りすまして好き勝手やった最低なガキ』なんだぞ?しかも、助けたところでなんの利益もない」
ゼルフにそう目の前で罵られても、ヴィルは何も言わない。
僕は、逃げるのをいったん止めて、ゼルフを正面から見据えた。
そして答える。
「あなたが最初に、僕を奴隷商人から助けたのと、たぶん同じ理由です」
ゼルフは不意を突かれたように、一瞬目を見張った。
そう、その『理由』こそ——。
「『なんとなく』ですよ」
フッ、と僕は少し笑っていたかもしれない。
ヴィルはバッ、と僕を見上げて何か抗議をしかけ、
ゼルフは虚を突かれたらしく一瞬動きが止まり、
——僕はその瞬間を見逃さなかった。
ダッ、と踵をかえして逃げる。
「ちょ、おいライト!?」
焦ったようなヴィルの声。
「『エメラルド』ではなかったのですか?」
「お前……!」
しかし、すぐに我に返ったゼルフが追いかけてくる。
先ほどはあんなことを言ったが……正直言って、この状況は結構厳しかった。
そんなときだった。
「お困りのようだね、『観察対象』。ま、一応『友人』だけど」
僕とヴィルは、同時に声のした方向を見た。