複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.133 )
- 日時: 2013/08/30 17:33
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: A/2FXMdY)
25.
「ほら、準備できた?」
宿の入口で、アリスが僕を振り返って言った。
「ええ。いつでも行けますよ」
今日は、再びこの国を旅立つ日だ。
-*-*-*-
あれから、もう5日が過ぎた。
その5日の間は、本当に目まぐるしく時が過ぎた。
まず、革命団は(ゼルフ意外)全員が捕まり、今はそれぞれのヒトに課せる妥当な罪状を国で決めているところだ。
そして何より、ここディオロラ王国での最大のニュースはというとやはり——アルフィア国王の正体についてだ。
5年の歳月を越えて、ついに本物のアルフィア国王の死が国民に明かされた。
代わりに王座に座っていたのが、まさか3歳児だったとは……、
言えるはずもなく。
このあたりは、大臣たちが必死で隠して、ヴィルのことについてはついに国民の目に触れることはなかった。
しかし、王家の血縁の中で、最も先王の血を濃く引き継いでいるのがヴィルなので、やはり彼が次期王になることは確定。
ただ、現時点では8歳という異例の若さなので、せめて15歳になるまではまだ『王子』としての扱いになり、戴冠式はそれからなのだそうだ。
この事態に、もちろん国民は騒然となった。
中には抗議を仕掛けてくる者たちすら何人も続出したが……
それを治めたのが、なんとヴィルその人だった。
(あの演説は本当に素晴らしかったな。本当にヴィルは8歳なのだろうか……)
彼の、民衆を集めての演説内容を少し思い出して、思わず僕はそう思った。
だが、同時に僕の脳裏には、それと相反するヴィルの姿が浮かんだ。
初めて見る屋台に目を輝かせ、近所の子供たちと無邪気に遊び、異国の料理をおいしそうに頬張る姿。
そのあたりだけなら、やはり彼はまだ子供なのである。
周りがこのことをきちんと理解して、支えてあげられればいいのだが……。
そのあたりは僕が心配することではないだろう。なぜなら……。
-*-*-*-
「エメラルドーっ!」
リリアーナに見送られて宿を出ようとしたとき、道の向こう側から声がした。
まず、僕のことを未だに『エメラルド』と呼ぶのは1人しかいないだろう。
「ライトですよ」
振り向きざまに言って見せる。
アリスは少し歩いたところで立ち止まって、微笑ましげにヴィルの様子を眺めているようだった。
道の向こう側からは、ヴィルが息を切らせて走ってきているところだった。その後ろから、眼鏡をかけたあの大臣も付いてくるのが見えた。
「ですからヴィルヘルム様!あまり民家で大声をあげるのははしたないと……」
「だまれ大臣。そしてボクはヴィルだっ」
大臣は疲れ切ったようにため息をついて、眼鏡の位置を直した。相変わらず、仕事疲れが多そうだ。
一方ヴィルは元気いっぱいな様子で、僕を見上げた。
「むぅ、結局行ってしまうのか。ボクの家来になってくれれば、貴様ならば有能な働きぶりを見せてくれると期待していたのだが」
「残念ながら、僕にはすでに従う相手を決めているので。それに、あなたの部下なら有能な方はすでにいると思いますよ」
そういって僕は、後ろで控える大臣を目で示した。大臣は僕のほうを見て、不機嫌そうにするだけだったが。
そう、ヴィルが5年間王座に座っていたことを隠し通したのは、ひとえのこの人の手腕による。
王としての素質はあれど、やはりまだ幼い子供であるヴィルを、さまざまな害から守るために彼は、大臣として国王については断固としてヴィルのことを隠し通した。不愛想だし支持率は悪そうだが、本来はただ国王に忠実な、有能な家臣である。
そのことをヴィルもやはり理解はしているらしく、
「うむ、まぁあ奴もいろいろ小うるさいが有能なことは有能であるな」
と渋々納得した。
「だが、気が向いたらいつでも戻ってくるのだぞ!ボクが15歳になって、立派な国王になった暁には、貴様がこの国を訪れれば最高級の宿を用意するようにしてやる」
「ありがたい心遣いですが、僕の主はあくまでアリスなので。この国での専用宿はここだと彼女が決めていますから」
ちょっとーあたしのせいみたいな言い方しないでよね、という声がちょっと聞こえたが黙殺。
ヴィルは少し笑って言った。
「ふふ、本当に貴様は欲がないな」
「そうでしょうか」
そろそろ、僕は別れを切り出した。
「では、僕はもうアリスと新たな場所へ向かうので」
「うむ。気を付けるのだぞ!また帰ってくるがいい!」
だいぶ待たせてしまったアリスに少し謝り、僕とアリスはこうしてディオロラ王国を後にした。
ヴィルは、最後まで僕に手を、ぶんぶんと大きく振っていた。
-*-*-*-
「にしたって、ホント最近はいろいろありすぎてちょっと疲れたわねー」
珍しくアリスが少し感慨深げに言った。
「そうですね。まさか久々に帰ったディオロラ王国で革命が起きるとは」
「しかも召え魔はそこの王子サマに懐かれちゃうんだもの。いっそのことどっちかが女の子だったら素敵なロマンスになったのに」
「おや、どこかの秘境の森を統括してしまった森の魔女様がそんなことを言ってよろしいのですか」
するとアリスは本気で嫌そうに顔をしかめた。
「ちょっとやめてよね、ドリアーネの森のことは本当にやりすぎただけなんだから。あたしは森の主なんかにはならないわよ」
「僕だって国王の大臣にはなりませんよ。申し出は光栄でしたが」
やはり、僕には気ままな召え魔稼業のほうが性分に合う。
「次はどこに向かうのですか」
「ふふ、次はね〜、ちょっと今までにしてなかった方法で旅をしてみようと思うのよ」
「?と、言いますと」
アリスは、ちょっと笑って僕を振り返った。
「ライト、あなた——船に乗った経験はおありかしら?」
*to be continued*