複雑・ファジー小説

Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.147 )
日時: 2013/09/01 10:39
名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: A/2FXMdY)

1.

魔都市ローゼンバーグ。
そこは、科学技術が少し劣っている代わりに魔術に突出した国として有名である。

その魔術を総合した集大成、国を挙げての一大作戦の結果が——今、僕の目の前に会った。

「…………」
「ふふっ、驚いてるわね〜?ライト君」
「いえ、初めてこれを見て驚かないほうがおかしいと思います」

僕の目の前には、巨大な……あまりにも巨大すぎて、その全貌を視界に収めきれないほど巨大な船があった。

「あの、アリス。一般的な『船』というのは、もう少し小さくはなかったですか?乗ったことはなくとも、それぐらいは僕も知っていたのですが」
「ま、『普通は』そうでしょうね。コレは普通じゃないもの」

船の乗り口に向かいながら、アリスはこう続けた。

「そうね、あえて言えばこれは——『豪華客船』ってヤツ♪」

僕をちょっと振り返って片目をつぶって綺麗に決めた。
周りにいた数人の船乗りと男性客が全員アリスにくぎ付けになり、次に僕にかなり嫉妬深い眼差しを向けてきた。

(いきなり幸先悪くて不安だな、全く……)

-*-*-*-

「アリス=ニーフェ様と、お連れのブライアント=レノワール様ですね」

船の入口で、優雅な燕尾服に身を包んだ男が、アリスが渡した2人分のチケットを確認した。
アリスはちょっとスカートのすそをつまんで優雅に微笑んで船内に入場し、それに続いて僕もかるく会釈して入った(もっとも、僕の会釈はアリスの微笑みで意識が飛びかけた男には目に入らなかっただろうが)。

全く、本性を知ったら彼らはどうするのだろう?
……いや、それでもやはりアリスの虜のままでいることを望みそうだな。人間とは大体皆そんな考えだ。

「ちょっとー、さっそくなに失礼なこと考えてるのよ?ファンは大事にしなきゃならないのよー」
「ですから考えていることを読まないでください」

そんな風に会話しながら船内に入って、……僕はさらなる驚きで思わず立ち止まった。

「船の中に……街が……?」
「あはは♪あーホントこういう反応楽しいわー♪」

アリスが心底面白そうに僕を笑っているが、それどころではない。
本当に、船の中に町があるような光景なのだ。
商店街のようにタイルが敷き詰められた道の左右には店が所狭しと立ち並び、店ごとに全く違う雰囲気を醸し出している。呉服店、料亭はおろか賭博場もあった。
一般的な商店街と違うのは、屋台などの庶民的なお店が一切ないところだ。すべてが、貴族しか利用しないような高級店ばかりである。

「これが魔法技術の集大成ですか……」
「なかなかすごいでしょー。本当は、あたしくらいの魔法使いだったら普通の船の中に、『亜空間創造』でこれとおんなじ規模の街を創ったりはできるんだけどね〜。それだと、ヒトを何人も入れると空間が壊れる危険があるから」
「アリスはこの船の建築に協力したわけではないのですか?」

僕が尋ねると、アリスは笑って首を横に振った。

「あたしは全然よー。今回はね、『堕天使の秘薬』で資金が大量に余っちゃったから、ちょうどツアーを開始したこの船のチケットをそれで買ったのよ。あんたも十分に楽しむといいわ、買い物でもなんでも」
「そうですか」

十分に楽しむといい、といわれてもな……。
僕は特に買い物を楽しむ趣味はなく、賭博もあまり好きではないので、こういう華やかな場所はどうも慣れない節がある。
まぁ、これだけ大きな船なのだから中を見て回るだけでも面白いかもしれない。そうだ、動力室などは覗かせてくれないだろうか?少し仕組みに興味がある。

「……ほーんと、とことん『娯楽』っていうのに縁がないわね、この子は」
「え?」

アリスが何か言ったらしいが、僕が聞き返してもアリスは「なんでもないわよー」と答えてくれなかった。

こうして、僕の初めての船旅は幕を開けた。