複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.3 )
- 日時: 2013/07/30 15:52
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: 6Ex1ut5r)
3.
僕は召え魔として、何年か前からアリスに召えている。アリスは世界中を旅して回る、魔導師だ。人からは『かの偉大なる天才魔女』とか『紅玉のアリス』とか、まあいろいろな名前で呼ばれている。
そして僕は、その天才魔女アリスと共に旅をしている一介の魔獣だ。
アリスの旅に、目的は特にない。ただ自由気ままに、アリスの気の向くままにふらふらと各地を飛び回るのだ。
僕?僕は召え魔としてアリスについていくだけ。
初めて会ったばかりのころは、軽口どころかアリスとはケンカばかりだった。
でも打ち解けてみれば、この暮らしもそんなに悪くはない。世界中の僕が知らないようなことやモノを見聞きするのは楽しい。
ただ……ひとつ。アリスが『筋金入りのトラブルメーカー』だという点を除けば……。
-*-*-*-
時は、昨晩にさかのぼる。
「『秘薬』、ですか?」
「そ。正式名称『堕天使の惚れ薬』」
僕とアリスは、人間の住む都市部の宿の一角にいた。その宿は、一階がちょっとした酒場になっている。その酒場の丸テーブルのひとつに、僕とアリスは向かい合って座っていた。
「それはまた……人間の年頃の女性が喜びそうな名称ですね」
僕はその日の夕飯である兎の焼いたもの(食材の素性は怪しい)からいったんナイフを置いて、アリスの話を聞いた。
「そりゃー喜ぶわよ〜。何と言っても、農民から貴族、下手すれば王家の者でさえ喉から手が出るほど欲しがる秘薬だもの」
アリスは上等でない、濁ったぶどう酒の入った木のコップを傾けた。
しかし、飲酒をしているにも関わらず彼女は全く酔った様子はない。
……普段から酔っぱらったような性格の人だから、という意見も否めないが。
「まあとにかく、すっごぉ〜〜く貴重な秘薬ってことなのよ」
「そうですか」
僕は食事を再開した。
「ほんの一滴でも金貨数百枚とかの価値があるのよ」
「そうですか」
「金貨数百枚もあれば、今あたしが研究している『崇高な魔術』に必要なものが買いそろえるのよね〜」
「そうですか」
「……いい加減話に乗ってきなさいよっ!」
……はあ。
カチャ、とナイフを再び置いて僕は言った。
「いいですか、アリス。僕のこれまでの経験から言わせてもらえば、あなたがそういう『怪しそうなもうけ話』を持ち込んだ暁には必ず何らかの問題が起こるんですよ」
僕は『必ず』のところをかなり強調して言った。
しかしアリスは、ぷう、と頬を膨らまして言い返した。
「リスクのない成功なんてないっ!」
「名言ですがそれは『崇高な魔術の研究』のときに言ってください。金儲けのときに言っても確信犯ですよ」
「あたしの召え魔ってイケメン君なのにかわいいのは顔だけなのよねー」
「お褒めにあずかり結構。『かわいい』と言われて喜ぶほど僕は女々しくないです」
むぅ、とうなってアリスは今度は別の説得法を仕掛けてきた。
「ふ〜ん、じゃあライトはあたしが旅の資金がなくなって行き倒れてもいいって言うんだー?」
またナイフを取ろうとしていた僕の手がピクッ、と止まった。
「覚えているわよね、『契約』の内容」
「……『召え魔は主を見捨てることは許されない。さもなくば召え魔の魂は永久に深淵に封印される』」
「よくできましたー♪ホントに一字一句間違えなかったわね、感服だわ」
「まさか、行き倒れになるほど資金が尽きている……のですか?」
「さあ、どうかしら」
アリスはわざとらしく肩をすくめた。……悪魔め。
「あたしはニンフェウムよー、妖精よー」
「人の考えを読まないでください。そしてあなたは『妖精族』かもしれませんが、ここは本業の『魔女』と名乗るべきでしょう」
そう口では言いつつも、実際には僕は困った事態になった。
旅の最中、資金の管理はすべてアリスが行っている。もし本当に資金が底を尽きて、アリスが行き倒れでもしたら召え魔の僕も道連れだ。
……資金がまだたっぷりありながらアリスがそういう言い回しをしている可能性もあるが。
「ね、協力してくれるわよね。『堕天使の惚れ薬』造り♪」
「……はあ。わかりましたよ、アリス。『仰せのままに』」
「『契約成立』っと」
にっこーり、笑ったアリスはこれ以上ないほどの美しさを讃えていたが、僕にとっては悪魔の笑みにしか見えなかった。
全くこの人という人は……。