複雑・ファジー小説

Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.31 )
日時: 2013/08/04 10:47
名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: 6Ex1ut5r)

19.

「んじゃ、いっくわよ〜♪」

アリスはそういって、無詠唱で火炎魔法を放った。
一応解説を入れると、魔法を扱う職業の者として『魔方陣もないうえに無詠唱で魔法を放つ』なんてことは、とんでもない才能と実力を必要とする。並大抵どころか、上級魔術師でも難しい、怪物レベルの難易度だ。
そして今、目の前にいる『怪物レベルの魔術師』ことアリスは、遠慮容赦なくドリアーネに炎を投げつけていた。

「ギイャアアアア!!や、やめろおおぉ!!」

ドリアーネはこれでもか、というほど醜い叫び声をあげる。
長い緑髪に所々火がまとわりつき、チリチリと焦げる。身にまとった服も同様、肌も炎に触れた箇所からただれていった。
思わず、といった様子でドリアーネは水晶——もとい、ルーガの魂を放り投げた。
すかさず僕は前足で器用に受け止める。よかった、目立つ傷はついていないようだ。

「ナイスキャッチ〜」

アリスが手を伸ばしてきたので、その手に渡す。
と、ドリアーネはこれを狙っていたらしい。
カサカサカサっ!と虫のような素早すぎる動作で、森の奥に逃亡を図った。

「あら、逃がしちゃった」

アリスは全く動じない。
水晶から、爪を使ってペリ、と剥がすように何か採取した。

『それが、魂の欠片ですか?』
「そうそう。これが欲しかったのよ〜。ルーガ君には感謝ね」
『あの、アリス。感謝するからこそ、僕は提案したいことがあるのですが』
「わかってるわよー。ルーガ君を元に戻してあげることでしょ、それくらいのお礼は払うわよ」

僕はほっとした。一応アリスだって人情はある。
水晶は安らかに、蒼白い光を帯びていた。

-*-*-*-

そして、今僕とアリスは再び獣人族の集落に戻ってきた。

集落の、広場のような場所になにやら大勢の獣人族たちが集まっていた。
ちなみに今僕は、グリフォンの姿でアリスを背に乗せ、空を飛んでいる。
広場は見下ろす形で眺めていた。

「なになに、お祭りー?」
『……残念ながら違いそうですね』

広場の中央には、横になって眠っている人物がいた。その傍らに、膝をついて診察をするように覗きこむ者、そしてその2人を囲むように獣人族が集まっていた。

状況から察するに、診察しているのは集落で医者の役割をしている者だろう。
そして横になっているのは、ルーガだった。
アリスは、水晶を持っていない方の手で口元にメガホンをつくり、

「そこの獣人族のみなさーん!危ないからどいてもらうと助かるんだけどー!」

と言った。

『……ここに着地するんですか?』
「だって離れたとこにいったん着地しちゃったら、歩くの面倒じゃない」

この人は時折、非常識なほどものぐさになる。
「うわっ」とか「なんだ!?」というような声があがり、それでも皆素早く飛び退いたので僕はスムーズに着地ができた。この辺り、さすが獣人である。

「な、なんなんだあんたらは!?」

医者らしき獣人の男が抗議したが、アリスは平然と、

「はーいそこちょっとどいてねーそうそういい子だからー」

と押し退け、ルーガに近づいた。先程の医者と同じように傍らに膝まづく。もちろん手には水晶を持っている。
なんだなんだ、と警戒しつつ覗きこむ獣人族を尻目に、アリスは水晶をルーガの胸あたりの上に置いた。
さらに水晶の上に軽く手を添える。
スウッ、と息を吸った。

「《偽なる魂よ、偽りの肉体から今ここに解き放たんことを。正なる魂よ、あるべき姿に戻りたまえ》」

シ……ン。

辺りは静寂に満ちた。
一拍置いた次の瞬間、
水晶がスッ、と溶けるようにルーガの体に入っていった。

「き、貴様!リーダーにいったい何を……」

獣人族の1人が敵意をむき出しにしてアリスに問いかけた。

「すぐにわかるわよー」

アリスがそう返している途中で、ルーガの意識が戻った。

「……ここは」

ルーガは上半身を起こす。おおっ、という歓声が周りで上がった。

「リーダーが目覚めたぞー!」
「ご無事ですかリーダー!」
「あんた、よくわかんないけどありがとな!」

口々に獣人族が言う。
この集落でのルーガの支持率は、予想以上に高いようだった。
ルーガの意識(と人格)が元に戻ったのは喜ばしいことだが、気がかりなことがひとつある。

『失礼、ハウリーという獣人の方は不在なのですか?』

僕が獣人族の誰にともなく尋ねると、なぜか急に静かになった。

「え、えっと……?」

獣人族たちはなぜか皆、何か隠すようにお互いをチラチラ見たりしている。……いったいどうしたというのか。
そこに、スッ、とルーガが立ち上がった。

「俺が寝ていた間に何があった?」

ただそれだけ、簡潔に尋ねた。
だけだというのに、獣人族たちはおもしろいほど皆そろってビクーッ!となった。
……これが族長の威厳か。