複雑・ファジー小説

Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.63 )
日時: 2013/08/06 16:59
名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)

1.

「ねぇ、ちょっとそこの坊や」

トントン、と肩をたたかれた。
振り返ると、気の優しそうな貴婦人が立っていた。隣には夫らしき紳士もいる。

「なにかご用ですか?」
「いえね、ちょっと坊やが私の知人と似ていたものだから……。坊や、親はいるの?」

僕は一度、抱えていた荷物を下ろした。決して重くはないが、人間の姿だと僕の身長の3分の2くらいはある大きさのものなので、会話をするには邪魔だったからだ。
ここは中央街。この世界においてもっとも巨大な国、『ディオロラ王国』の都市部だ。ディオロラには様々な職業の、様々な種族が訪れそれぞれの職をまっとうする。
アリスはこの世界のあらゆる地方や国へ旅をしているが、その中でもこのディオロラ王国を基本的な拠点としている。ここにいる宿屋の経営者がアリスの知り合いだからだ。
といっても、旅が長引けばディオロラに1年も2年も帰らないこともざらにある。

とりあえず僕はそのディオロラの中央街にいて、今はアリスに頼まれた買い物の帰りの途中だった。
僕は話しかけてきた人間の婦人に答えた。

「いえ、僕には両親はいませんよ」
「あら、じゃあ……一人暮らしなのかしら?」

僕が答えようとすると、こちらも人間の紳士のほうが先にこう言った。

「よろしければ君、わたしたちの子供にならないかね?」
「え」
「まあ、それはいいわね!坊や、とってもかわいらしいもの〜。実はさっきのも口実で、ちょっと気に入ったから声をかけてみたのよ」

夫人は上機嫌でのってきた。いや、僕の意見は無視ですか?

「両親がいないのなら、ちょうどいいだろう?暮らしの面倒もすべてわたしたちが賄おう。ぜひ、どうかね?」

紳士もここぞとばかりに詰め寄ってくる。
確かにこの2人の身なりや仕草は、中流家庭よりもう1ランクほど上の小貴族といったところだ。子供の1人や2人の面倒を見れるくらいの経済力はあるだろう。

だがしかし……胡散臭い。

まあどちらにせよ、僕はこの誘いは断らなければならない。

「申し訳ありませんが、僕にも保護者がいるので……」
「あらそうなの?じゃあその保護者さんとお話はできないかしら?」
「……?なぜですか」
「あなたを『買う』からよ」

……『買う』?つまりアリスと金銭交渉をするのか、この人たちは。
ある意味、身の程知らずだ。

「やめておいたほうがいいと思いますよ……」

僕はいろいろな意味で本心からそう言った。しかし夫人はあきらめる様子はない。

「お願いよ。私、若いころから坊やみたいなかわいらしい子供をもつのが夢だったのよ」
「君にとっても悪い話ではないだろう?そんな荷物など持たせて1人で出歩かせる保護者なんだから」

召え魔の仕事としては『荷物持ち』は基本中の基本なのだが。
それにしてもなかなか断れないな……。できればこういった一般市民や、人間種族に対してはあまり攻撃的に接したくないのだが。

と、僕が困っているそのときだった。

「いや、すまないな遅れて」

ポン、と誰かが後ろから僕の肩に手をのせた。
首だけ動かしてみると、背が高く僕はその人を見上げる形になる。
その人は、昼間だというのに黒い外套を着こみ、貴公子のような黒い帽子をかぶった男だった。

彼はにこやかな笑顔で夫婦に言った。

「すみませんね、うちの甥が。ちょっと目を離した隙にはぐれたみたいで。何かご無礼でも働きましたか?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。とてもいい子でしたから」

夫人はそう言った後、

「ところで——あなたがこの坊やの保護者さんかしら?」

と言った。聞かれた外套の彼は、何の迷いもなく答えた。

「ええ、叔父のルシアナと申します。あ、この甥っこはルーカス」

ルーカスって誰だ……。
あきれて僕は特に反論もしないでいた。
だがまあ、これは逆に体よくこの夫婦を追い払えるチャンスだ。

「叔父さん、この人たち僕を『買う』って言ってきたんだけれど……」

なるべく僕は『親戚のおじさんに親しげに話しかける少年』を演じた。

「なんだって!?ルーカス、君はうちには絶対に必要な存在だ。もしや、君はうちよりこの人たちに引き取られたいのかい?」
「そんなことないよ、僕は叔父さんの家にいるほうが落ち着くし……」

なんだろう。ものすごく違和感だ。正直に言うと、かなり馬鹿ばかしい。

しかし、僕と外套の男の迫真の演技が功をなし、夫婦はやっと、

「そ、そうなの……。そこまで絆があったなんて、ね……」
「あー、いやすまなかった。わたしたちは退散するとしよう」

と、かなり残念そうにあきらめた。
とくに夫人は、去り際も僕のほうを見て小さくため息をついたりと、目に見えて残念そうにしていた。

「……行ったようだな」
「はい。助けてくれてありがとうございます」
「いや、礼を言われるほどじゃない」
「そうですか。……それで」

僕は外套の男に向かって尋ねた。

「あなたはどちら様ですか?」