複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.64 )
- 日時: 2013/08/06 17:56
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)
2.
「あはははははは!えーそれ本気ぃ?」
宿屋の酒場にて、アリスは文字通りおなかを抱えて笑っていた。
「……笑いごとではありませんよ」
「いやだって……ちょ、傑作なんだけど」
僕は持っていた水の入ったコップを投げつけるのをかろうじて踏みとどまった。
……それにしても笑いすぎだ、この人は。
ここは前回、僕がアリスから秘薬——もとい堕天使の惚れ薬——について聞かされたときにいた、宿屋の1階の酒場だ。
この宿屋の主人は女性で人間で、顔の広いアリスの友人知人の一人である。ちなみにその女主人は滅多に仕事場にはいない。いつも従業員の若い青年か、娘らしい少女がいるのみだ。
買い物から帰ってきた僕は、とりあえずそこで昼食をとっていて、先ほどの経緯をアリスに話した。
……その結果が、冒頭である。
「それくらいにしろ、『ニンフェウム』。笑い声が響くぞ」
いい加減笑止まないアリスに声をかけたのは、
……さっき僕が助けられた、外套の男だった。
彼は注文した下等な葡萄酒を片手に持ち、酒場の壁に寄りかかって、僕とアリスからは少し離れたその距離で話を聞いていた。
「だーってさぁ、もうこれってアレじゃない、『キツネと狸の化かし合い』ってやつじゃない」
「異世界での言い回しをされても僕にはわかりませんよ」
僕の疑問にはその外套の男が答えた。
「悪賢いヤツ同志が互いにだまし合う、まあ滑稽な嘘つき大会みたいなものという意味だ、グリフォン」
「ちょっと、あたしの召え魔の種族名バラさないでくれるー?一応このあたりでは『人間』ってことにしてあるのよー?」
「悪い。えーと、名前……ライアン=レドール?」
割と近いが、それだと別人である。
というかライアンって誰だ……。
「ブライアント=レノワールです。ニーグラスさん」
「ああそれだ。レノワール」
さて、このままでは経緯を知らない方にはこの状況がかなりわかりずらいだろう。少し補足をする。
まず、外套の男。彼の名はゼルフ=ニーグラス。アリスの旧知らしく、『破壊神』という魔族なのだそうだ。
なんでも、アリスの両親(2人とも故人)と友人だったらしく、アリスも幼いころから何度か会ったことがあったらしい(この紹介を聞いて僕はアリスが幼かった頃、というのをいまいち想像できなかった)。
そしてゼルフは、偶然街で人間夫婦に話しかけられている僕を見かけたのだそうだ。
彼は破壊神、つまり一応は『神』に所属する種族なため、魔力を見ることができる。そのため、僕が人間ではないことは一発で気づいた。
そして、その人間ではない僕が人間に関することで何やら困っている風だったから、助けてくれたのだそうだ。
そして僕に話しかけてきたあの夫婦は……
なんと、奴隷商人だった。
「ニーグラスさんは、なぜあの夫婦が奴隷商人だと知っていたのですか?」
僕は尋ねた。
「まあ、俺はちょっとした情報通だからな」
すかさずアリスが言う。
「嘘つくんじゃないわよーゼルフ。あんた新聞もめんどくさがって読まないし、人の噂なんかも聞くのがめんどうだって何も聞かないじゃないのー」
「チッ、んな面倒なことやってられるかよ。……あー、説明するのもちっと面倒なんだがな」
……どうやら彼は、少し面倒くさがりな性格をしているようだった。
「あの夫婦はな、しょっちゅうグリフォ……レノワールに対してのと同じ手口でガキどもを誘拐する、悪質な奴隷商人なんだよ。いい身なりをしていたかもしれないが、あれは怪しまれないための変装だ」
「怪しまれない、ですか。……なんだか最初から胡散臭そうに見えたのですが」
「そりゃお前の勘が正しかったんだろ。……あの夫婦も上玉を目の前にしてだいぶ必死だったからな」
そういうものか。
「おいニンフェウム。お前の趣味にとやかくは言わないが……。お前、召え魔ならもうちっとこのあたりの問題に気を使ったらどうだ?こいつ……レノワールは容姿がキレイすぎる。奴隷商人どころじゃなく、あらゆる人身売買の関係者から狙われても知らんぞ」
「って言われてもー、ねぇ?ライトってば使える魔術は『人間の姿になる』、これ一つしか使えないもの」
アリスがそういうと、ゼルフは少し驚いたように僕を見た。
「お前、なんの『整形』もせずにその容姿なのか?」
「……?そうですけど」
「驚いたな……。普通の魔獣なら『ただ人間になった』だけだと、ひどいやつならえらい不細工になるっていうのに」
「はぁ……そうですか?」
人間についての美醜に興味がない僕としては、そこまで言われてもあまり何とも思わない。
「要するに奴隷商人から狙われやすい容姿ということですか?」
「え、……まあ、確かにそれはそうだが」
僕の返答にゼルフは戸惑ったようだった。そんな僕らのやり取りを見て、アリスはまた笑う。
「ねー、変わった子でしょ、あたしの召え魔君って」
「ああ、お前にお似合いの相当な変人だな」
……心外である。
「ふふふ、羨ましがっちゃって〜。ゼルフにもかわいい女の子の召え魔紹介したげよっか?」
「遠慮する。召え魔の世話なんて面倒だ。とくに女なんかキーキーうるさくてかなわん」
ゼルフは本気で興味もなさげに切り捨てた。
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「それで、今日はなんでまたここに来たのよ?」
アリスがゼルフに言った。
「珍しいじゃない、極度の『人間嫌い』のあんたが、こんな人間であふれかえっている中央街なんかを訪れるなんて」
「ああ、人間は嫌いだ。だから本当はこんな人間臭い場所なんかにも来たくはなかったが、それでも来なければならない用件があってな」
ゼルフはそこでいったん区切り、澄んだ蒼玉の瞳でアリスを見据えた。
「ニンフェウム、いや紅玉の魔女に頼みがある。——王国革命に手を貸してほしい」