複雑・ファジー小説

Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.69 )
日時: 2013/08/07 18:00
名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)

4.

それから、時間は昼下がりに入る。
アリスは前回の、ドリアーネの森……もとい紅玉の森で集めた素材や、僕が午前に買ってきたあの荷物(いったい何なのかはアリス意外さっぱり)やらを使い、秘薬を造っている最中だ。
予定によると、今夜中には完成して、明日の朝には即座に売り払うという。買い手も足がついているのだそうだ。
……こういうことに関しては段取りがいい。

まあそういうわけで、秘薬造りには魔法に精通しているアリスにしかできないため、僕は今夜一杯まで暇ということになる。

「明日の朝くらいまでは自由にしてていいわよー。久しぶりの休暇ってとこかしら?」

アリスにはそう言われた。
というわけで、僕はありがたくその休暇を頂戴し、今は昼下がりの中央街を歩いている。
森に行っていた期間も含めて、ここ最近会っていなかった友人に会いに行こうと思っていた。

またこの『友人』が、結構な変わり者なわけだが……。

-*-*-*-

一際薄暗い路地に入り、別段怪しい雰囲気、というわけでもないのだが普通の人なら何となく入りずらそうな、そんな古めかしい雰囲気の店に入る。
僕がドアを開けると、カラン、と木の鈴が来客を知らせる乾いた音を鳴らした。
奇妙な文字の書かれた分厚い本や、何に使うのかさっぱりなまじない道具、転がるフラスコ……それらでとにかく散らかった店内。いったい何を売っているのかさえ、初めて来た客にはわからないだろう。

「フォルス、いますか?」

僕は店の奥に声をかけた。

「ん?ライトか。おかえり」

大量に積まれた、辞書のような本と長い巻物の山——そこが、ゴソゴソと動いたかと思うと、
ひょい、と僕の友人が顔をだした。

「……何をやっていたのですか」
「探し物さ。見つからないんだな、これが」

困ったなー、と言いながらもその表情は全く困っているようには見えない。気さくそうなセリフとは裏腹に、どこか抑揚に欠けたような声も相まって、彼という人物はどこか人間離れしたような雰囲気を醸し出していた。

彼の名はフォルス。僕がアリスのもとで召え魔として働き始めたばかりのころ、ちょっとした事情で知り合った友人だ。
一言付け加えるとすれば、『僕の周りにいる変人たちの1人』でもある。

フォルスは、何もかもが謎に包まれた人物である。
見た目はアリスと同い年ほどの青年だが、年齢は不明。種族も謎。まあ少なくとも人間ではないだろう。また、この『フォルス』という名も実は偽名だったりする。
なぜ偽名だということを僕が知っているのか、というと、
始めて自己紹介をしたときに、

「俺はフォルスっていうんだ。ま、今即興でつくったけど」

と堂々と宣言されたからだ。
ここまで淡々と言われるとかえってすがすがしい。
あと他に彼を紹介するものといえば……まあ、幻影を操ること、それと彼の職業が錬金術師であるという点か。

書物の山から、乱暴に本を蹴っ飛ばしながら這い出てきたフォルスを助け起こしつつ、僕は尋ねた。

「いい加減片付けないのですか?以前来たときよりひどくなってますよ」
「散らかってるほうが落ち着く体質なんだよ。ま、んな体質ないけど」
「そうですか。……手伝いますか?」
「助かる。『干からびた手首』みたいなの探して」
「え」

僕が一瞬動きを止めると、フォルスは無表情を若干くずして笑みのような形をつくった。

「調合に必要なんだ。人間のミイラ」
「……嘘ですね?」
「うん嘘。お、あったこれだ」

そういってフォルスは、壁にもたれかかるように打ち付けられている棚から、『干からびた手首みたいなの』とは似ても似つかない鉱石を取り出した。
……全く。

-*-*-*-

「悪かったって。いい加減慣れろよー」
「アリスでももう少しマシな嘘つきますよ」

フォルスの作業がひと段落して、散らかった物を適当にどかしてつくったスペースに僕らは座っていた。フォルスがお茶を出してきたので礼を言って受け取る。
ふとここで僕は思ったことを口にしてみた。

「今さらこれを言っても無駄かと思いますが……。フォルスは僕以外の人に対してもさっきのような態度でいれば、そこそこ普通の人間関係が築けるのでは?」
「無理だね。他の奴らはみんな『つまらない』。お前みたいな観察のし甲斐がある奴なら別だけど」
「人を勝手に鑑賞動物にしないでほしいのですが」

僕がそう言っても、フォルスは軽く肩をすくめてみせるだけだった。
なぜだかわからないが、僕というヒトは、フォルス曰く『おもしろい』あるいは『観察のし甲斐がある』のだそうだ。
本来、彼は僕以外の人にはえらく冷たい態度をとっている。人となれ合うのが嫌いだから、だそうだ。

「……そんなに面白いですかね?僕としては普通にふるまっているのですが」
「だからそれが面白いんだよ。本人はそれが『普通だ』って本気で信じてる。——例えば、助けたところで何の利益もない集落を助けたり、な」

声の調子は全く変わらずそう言って、フォルスはズズッ、とお茶をすすった。
僕はまた一瞬動きが止まった。

「ストーカーか何かですか」
「もしそうだったらどうするよ?絶交でもするか?」
「……アリスですか」

フォルスはまた笑ったような表情をした。——彼は大体いつも無表情だが、それ以外の表情はなんだか仮面を無理やり歪めたようで、どこか違和感が残るのだ。

「昨日の夜、野良の黒猫に『憑依』して夜這いかけてきたよ。嘘だけど」
「帰った直後にすぐに眠ったと思ったら雑談に出かけてましたか」
「そ。面白い土産話があるってな」

そこでふと彼は、話を戻して無表情にこう尋ねてきた。

「なあライト。なんでお前はさ——」

と、そのときだった。

ガラガラガラガラガシャアアアアアアンンっっ!!!

「っ、!?」
「うるさ。なんだよ……」

フォルスは低く舌打ちをした。
フォルスの店の外から、凄まじい音が聞こえたのだ。
僕とフォルスは店の外に出た。