複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.71 )
- 日時: 2013/08/08 08:45
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)
5.
僕とフォルスは散らかっているものを飛び越えて、玄関に向かった。
ガチャ、とドアを開ける。すると、音がしてからくぐもりながら聞こえていた人の声らしきものが明確に聞こえてきた。
「観念しな!お前は弁償として、うちで奴隷になってこき使ってやる!」
「あいててて……何も投げ飛ばさなくてもいいじゃんかぁ」
怒鳴っているのは中年の人間の男。
そして怒鳴られているのは、少女だった。
彼女は、おそらく先ほどの騒音の元であろう崩れたレンガやガラクタの山に、もたれかかるように座っていた。セリフからして、そこに叩きつけるように投げ飛ばされたのだろう。
腰まである美しい緑がかった金髪は、ほつれてガラクタと絡んでしまっている。
その少女の言葉に、元から激昂していた男はさらに神経を逆なでされて、冷静さを失い怒鳴り散らした。
「黙れ黙れ!!お前のせいでな、お前のせいでおれの店がどんだけ損害を喰らったと思ってるんだ!!!この疫病神がっ!」
しかし少女の態度は平然としたもので、
「えっへへ、だってさ、騙されたオジサンが悪いんじゃない。セラ、嘘つくの得意だもん。はじめっからイタズラするつもりで『手伝う』って言ったんだよ、それに気付けなかったオジサンが悪いって」
とヘラヘラと言った。
ああ、また変な人が来たな……。
まあ、今はそれより。
僕とフォルスは、寸でのところで外には出ず、ドアに隠れるようにしている。
「おいどうするよ?ライト」
「そうですね……。ちなみにフォルス、あのガラクタの山はあなたの所持品ですか?」
「ん?ああ、まぁな。合成の材料にたまに使う」
「そうですか」
僕はその確認だけ取ると、ドアを開いて外に出た。
「ライト?」
フォルスはいぶかしげにしながらも、当然のようについてきた。
突然に現れた人物の登場で、中年の男は少し冷静を取り戻し、気まずそうに
「な、なんだお前たちはっ」
と言った。まぁ、さすがにこの状況を人に見られてしまっては少し後ろめたい節もあるだろう。
なんせどこからどう見ても、『人目につかない路地でか弱い少女を心無い男がガラクタに突っ込んでいる図』にしか見えないからだ。
まあそれを僕は利用しようとしているわけだが。
「すみません、旦那さん。僕の妹が何か無礼でも働きましたか?」
「は?……アンタ、コイツの兄弟か?」
僕がそうです、という前に、
「そうでーすっ!お兄ちゃん助けてよ、このオジサンこわーい」
とその少女がノリノリで言ってきた。呑み込みが早いな……。
「だったらお前、妹の代わりに弁償代を払え!こいつはな、おれの店の商品に爆薬をしかけてメチャメチャにしたんだぞ!」
「だーかーらぁ、爆薬じゃなくて『爆竹』!花火だよー」
「てめぇは黙ってろこのクソガキが!!」
あまりこの話の中で下品な言葉を使わないでいただきたい。
とりあえず僕は、用意していた反論を口にした。
「それで罰として、いえ腹いせに『セラ』をまた『他人の商品』に突っ込んで滅茶苦茶にした、というわけですか」
男は心底わけが分からない、といった顔をし、次にあきれた。
「何言ってるんだお前は?兄妹で似た者同士、ヘタな言い逃れか?『他人の商品』なんてどこにある?」
ここから先は、僕の手間ではなかった。
それまで黙って見守っていたフォルスが前に進み出て、
「そのガラクタ、俺の店のなんだけど?調合に使うんで」
と言った。
その瞬間、男は「ひっ」と怯えたようにのけぞった。
よく見ると、フォルスの瞳は黒曜石から若干藍色を帯びて、不気味に鈍く輝いている。体の輪郭も、まるで陽炎のように少し揺らいでいた。
これはフォルスが『幻術』を駆使している状態だということだ。
おそらく、対象人物——あの男にだけ、何か恐ろしいものに見えるように化けているのだろう。いや、正確には化けるというより『見せる』だけだが。
「いい度胸だな?その材料、これからすぐに使うところだったんだがなぁ?ガキ突っ込んで台無しにしといて、その言い分は何なんだろうなぁ?ええオイ」
幻術をかけられていなくてもなかなかの迫力である。
一方少女のほうは、ちゃっかり僕の後ろに隠れて「もっとやっちゃえー」と小さく拳を突き上げたりしている。
「んで、他に俺んちに何か用かよ?『干からびた手首』でも買うか?」
「あ、えっと……すいやせんでしたあああっ」
そして男は、少女なんてもうどうでもよくなったらしく一目散に逃げて行った。
「名演技でしたね、フォルス」
「お前こそ。ま、そもそもあのガラクタ俺のじゃないけどね」
……え?
「まさかいつものノリで言ってやったら、いきなり動くんだもんなーお前」
「……なんだか悪いことをしましたね、あの方には」
僕はとりあえず内心で誤った後、すぐに切り替えた。
「さて」
「んで」
僕とフォルスは同時に少女を見下ろした。
すると少女は、僕らが何かを言いだす前に、服のポケットをゴソゴソやり、
「セラ、お客になるわよ。おにーさんのお店見るし」
と言って銀貨を取り出し見せつけた。
そして答えを聞く前に、スキップしながらフォルスの店に入って行った。
……この店にスキップで入店するお客を僕は初めて見た。