複雑・ファジー小説

Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.76 )
日時: 2013/08/09 21:06
名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)

8.

それからセラフィタは、床に寝転んでフォルスの店に置いてあった紙を勝手に使い、作戦なのかラクガキなのかわからないものを描きはじめていた。
ふとそこで、セラフィタは気が付いたように僕に尋ねた。

「そういえばさ、ライトもその革命やるの?」
「僕自身は革命事態は割とどうでもいいですが、アリスが参加すると言っているのでそれに従うだけですよ」
「ありす?何それおいしいの」

本気で言っているのだろうかこの人は。

「たぶん、食べれたとして絶対に美味しくはないと思いますよ」
「そっかー?じゃあ興味ないや」

セラフィタはそれだけ言って、さっさと作業に戻った。本当に興味がなさそうだ。
僕も聞かれてもいないのに説明するような性分も義理もないので、そのまま放っておくことにした。

ゼルフはフォルスに、何かの紙——羊皮紙を丸めて紐で縛ったもの——を渡し、さらに何か商品を適当に買って店を出て行った。

「それが作戦内容ですか?」
「今のところのな。俺の出番はまだないから、あくまで『誰がなんの行動を起こすから邪魔するなよ』という感じのモノだ」
「セラにも見せて見せてっ!」

立ち上がったセラフィタが、ピョンピョンはねてフォルスが持っている羊皮紙を取ろうとした。

「だから大人しくできないのか、お前。他人様の店で床を踏み鳴らすなガキが」
「ガキじゃないもーん、フォルスが年上なだけじゃん」

フォルスはほれ、とセラフィタにも羊皮紙を見せた。

「年上だとわかっているなら、普通の教養があるガキなら『さん』付けくらいしそうだが」
「ライトも呼び捨てで呼んでるじゃんか」
「こいつは観察対象、じゃない友人だから例外だ」

……もはやわざと言い間違えてませんか?

「よーめーなーいー、貸してってば」

セラフィタは羊皮紙を奪うと、トタタっ、と店の隅に置いてあった、分厚い本を数冊積み重ねたものを椅子代わりに座って読み始めた。

「本は座るものではなく読むものですよ?」
「じゃあここの店主さんに『椅子買って』って言っといて〜」

僕がフォルスに目くばせすると、彼は肩をすくめただけだった。

-*-*-*-

セラフィタが羊皮紙を読みふけっている間(意外にも結構熱心に読んでいた)、僕とフォルスは再び雑談に興じていた。

「……なんだかまた変な方々と知り合ってしまいました」
「先に言っておくがな、あのガキを助けようとしたのはお前だからな?ライト」
「フォルスも助けたではないですか」
「お前がなんも行動しなかったらそのまま普通に見過ごす気でいたが」
「……それは嘘ですか?」
「本当」

フォルスは「さっき言いかけた質問の続きだが」と前置きしてこう言った。

「お前はさ、なんでそう『変な人と知り合ってしまった』だの『妙な出来事に巻き込まれるのは迷惑だ』だの、そう言いながらなんで行動を起こすんだ?」
「……僕はそんなセリフを言っていましたか?」
「言ってないが態度がそんな感じだ」

フォルスは続ける。

「心を持った生物っつうのは必ず何かの『欲望』によって動くものだ。だが友人兼観察者の俺から言わせてもらうと、お前の行動はセリフや態度とは裏腹に『人助け』のそれが多い。……なんでなんだ?お前はいったい何の理由があってそんなことをする」

僕は、少し答えに困った。なので、時間稼ぎにこう聞いてみる。

「僕が善人、あるいは偽善者であるとは考えないのですか?」
「お前が偽善者であるとは天地がひっくり返ろうが絶対にありえない。アリスの魔力が消えることのほうがよっぽどあり得る」
「……そこまで言われるといっそすがすがしいですね」

フォルスは口元を歪めて笑みのような表情をつくった。面白かったのだろう。

「だがまぁ、お前が善人というのももっとありえなさそうだ。ついさっき、人付き合いが苦手な友人が厚かましい女に絡まれている哀れなところを助けてくれなかったのだからな」
「意味合いが全く違いますよ。あなたは人付き合いが苦手ではなく、最初から興味がないから関わらないだけでしょう」
「ふむ、それもある」

と言って、フォルスはいきなり話題を戻した。

「で、結局質問の答えを聞いていないわけなんだが」

さてどうしたものか……。

「なんとなく、では答えになりませんかね?」
「……『なんとなく』?」

フォルスは無表情ながら、好奇心のみ黒曜石の瞳に宿して尋ねた。

「昔からの性みたいなものですよ。何か、複数の生き物や人物が争っていると、両者のうち立場が弱そうなほうに加担してみたくなるんです」

僕は考えながら続ける。

「それまで、圧倒的に強くて『自分が勝っている』と思い込んでいる強者が、いきなり第三者——つまり僕、あるいは僕が仕掛けた人物——にいきなり戦況をひっくり返されたらどうなるのか。それがなんとなく気になるだけですよ」

フォルスは、珍しく目を(通常よりほんの数ミリほど)見開いて、僕を見つめた。
そして一泊置いてから、

「……なるほど。さすが俺の観察対象だ」

とニヤリと『笑った』。

「いい加減その『観察対象』という表し方、治さなければ怒りますよ?」
「友人の冗談だと思って寛大な心で受け止めてくれ」

フォルスは手を軽く振ってそれだけ言った。

後にセラフィタが、予想以上に先ほどから静かなので様子を見てみると、

「ぐぅ……あはは………セラがやったんだよ……ざまあないねぇ……むにゃむにゃ」

羊皮紙に涎をべったりつけて熟睡中だった。

「なんつう寝言言ってるんだよ、こいつは」

フォルスが言った。