複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.85 )
- 日時: 2013/08/11 20:06
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)
10.
まず僕は、そのセリフにどう答えればこの子供が機嫌を損ねないかと逡巡し、別の角度から切り込んで尋ねることにした。
「あの、『エメラルド』というのはいったい……?」
「ん?ああ、貴様につけてやった名前だ。このボクが直々に、貴様に新しい名前を与えてやったのだ、光栄に思いたまえ!」
まったく嬉しくないわけですが。
「貴様の目の色は翡翠のようだからな、美しくて気に入った!おまけにそこらの下衆なドブネズミを蹴散らす実力も兼ね備えている。年齢もボクに近そうだ。ここまでボクの採用基準を完璧に満たしているとは、貴様なかなかやるな!」
「どうも……」
つくづく自分の運のなさがうかがえる……。なぜ僕が普通に助けたヒトは、行く先々で変人ばかりなのだろうか?一度でいいから普通にお礼を言って立ち去るヒトと会ってみたい。
とりあえず今は、この状況をなんとかしなければ。
「すみません、非常に申し訳ないのですが、僕はあなたの護衛にはなれません」
すると、その赤髪の少年は、大きな目をさらに大きくして、意外にも怒らずに不思議そうに尋ねた。
「何故だ?このボクの家来の一員になれるという栄誉を受け取らないとは、それなりの理由があるというのか?貴様は」
とりあえず、ものすごく機嫌が悪くなったわけではなさそうだ。僕は答えた。
「はい。僕はすでに、ある魔女のもとで召え魔として仕えている身ですので。申し訳ありませんが、あなたの望む護衛は、もっと他の適任者を当たっていただけないでしょうか」
すると少年は、急に声をあげて笑った。
それは傲慢な貴族口調とは裏腹に、全く嫌みのない純粋にこの状況を面白がっているだけのような笑い方だった。
「……?どういたしましたか。失言でしたでしょうか?」
「おもしろい!ますます気に入ったぞ、貴様!まさかこのボクが、恐れ多くもくれてやった栄光をみすみす逃してまで今の主人につくとは!」
ひとしきり笑った後、少年は口元に手を当てて「ふーむ、そうか……」と何か考え出した。
そして、僕に尋ねてきた。
「エメラルド、何かこのあたりで今夜泊まれる宿を知っているか?」
「エメラルドではないのですが……。宿、ですか?僕とアリス、いえ主人の魔女が使っている宿なら」
「なるほど。ではそこにボクを案内しろ!」
なんだか嫌な予感がするので、僕は先に言っておいた。
「あの、僕の主人の魔女と話し合おうとは考えないほうがいいですよ?身のためですし」
すると少年は、こう言った。
「話し合う?何故ボクがそんなことを考えるのだ。ボクは今晩泊まる、ちょうどいい庶民経営の宿を探しているから貴様に案内を頼むだけだ。ああ、報酬ならはずんでもいいぞ、エメラルドはボクのお気に入りにしてやったからな!」
……。とりあえず、この少年の中では僕の名前は『エメラルド』で確定らしかった。
-*-*-*-
「ほーう、ここなのか?」
「はい」
僕は結局少年を宿に案内した。まぁ、こちらの宿にとっても客が増えるのでたぶん迷惑にはならないだろう。……そうだと願いたい。
「新鮮だなぁ、こんなちっさくて庶民のにおいがプンプンする宿は初めて泊まるぞ!」
なぜかワクワクした風に少年は失言を連発した。
おそらく本人に悪気はないのだろうが、だからこそなおさらたちが悪い。
少年は宿に入って行った。僕もここに泊まっているので、自然とそれに続く形になる。
宿へ入ると、他の宿泊客がちらほらといた。玄関から入ってすぐに酒場になっているのだ。
その酒場の一席に、アリスが一人でチェスをしていた。傍らには夜食らしき小皿の料理がある。
僕が何も言わなくてもアリスはこちらに気づいた。
「あら、お帰りー。フォルス君元気だったー?」
「昨日会ったばかりの人によく言えますね。ただいま帰りました」
「あはは、やっぱ本人から聞いたかしら?あ、それよりちょっと相手しなさいよ」
そういってアリスはチェスの盤上を示した。
「秘薬造りはもう終わったのですか?」
「今寝かせているところよ。あと数時間したらまた手を加えるの」
と、そこで少年が割って入ってきた。
「なんだ、チェスか?おもしろそうだな、ボクが相手をしてやろう」
アリスは少年を見て、目を細めた。
「あーらかわいいじゃない♪いいわよ、ライトだとつまんないし勝負しましょうか、おねーさんと」
「言っておくがボクは強豪だぞ」
少年は自慢げにフフン、と笑った。……どうなることやら。
僕はカウンターに目をやったが、相変わらず主人はいなく、従業員も用事か何かで席を外しているようだった。
それで少年も暇を持て余したのだろう。
「ね、あなた名前は?あたしはアリス」
「ボクは、……ヴィルだ。覚えておくといい」
「へーえ、偽名を覚えてほしいなんて変わった子ねー?」
「エメラルドの話によれば貴様は魔女だそうだからな。うかつにボクの気高く優雅で美しい本名を教えようものなら、呪いでもかけられる危険があると思ってのことだ。ボクは聡明だからそこまでわかるのだよ」
ヴィル、と名乗った少年はアリスの向かいに座った。
僕は、その席がカウンターに近いこともあったので、バーカウンターの席に座って成り行きを見守った。