複雑・ファジー小説
- Re: 紅玉の魔女と召え魔の翼 ( No.89 )
- 日時: 2013/08/13 17:01
- 名前: アルビ ◆kCyuLGo0Xs (ID: I/L1aYdT)
12.
しばらく僕は全力疾走し、とにかく宿から、否、アリスから離れた。
また夜の街に飛び出すことになってしまったが、例え盗賊に襲われても人間ならまだ断然安心できる。アリスはそもそも人間ではない。
「ここまでなら……大丈夫でしょうか」
目に見えてヴィルが疲労で辛そうになってきたので、僕は足を止めた。
腕を離すと、ヴィルは両手を膝についてゼェハァと必死で息を整える。
しばらくそうしてやっと喋れるようになったらしく、僕を睨んで一言。
「エメラルド、ボクは……人・間・だ・ぞ!!!」
至極もっともなことを叫んだ。
「?はい、存じ上げてますが」
「体力が持たないだろうがっ!貴様は呼吸困難で死なせる気か、か弱い純真無垢な天才児であるこのボクをっ」
そういえば、僕は魔獣人族だからこの程度の運動なら少し疲れる程度だが、人間には相当な労働に値するのだった。
人間はこの世界で最も生殖人口が多い種族なのに、なぜかこのように他種族より劣る点が多いので、こういうときいつも不思議に思う。
いやしかし、今回ばかりは多少の疲労より命が最優先なので、僕の判断はきっと正しかったと思う。
「突然走らせてしまった事はお詫びしますが、命のほうが優先順位が高いと思いましたから」
「命?さっきからいったい何を言うているのだ、エメラルドは」
ヴィルは呼吸がある程度整ったらしく、周りを見て道端に転がっていた空の酒樽を見つけ、そこに腰掛けた。
僕はヴィルに説明した。
「ヴィルさんは地雷を踏んでしまったのですよ。レイシュルツさんは、アリスの友人——もとい、親友なのです」
「親友?」
「はい。レイシュルツさん自身は何とも思っていなくても、彼女を悪く言った方をアリスはどうしても許せなくなるのですよ……。どうにか時間を稼いでやり過ごせば助かりますが。アリスがあのような状態になった時は、とにかく逃げて時間を置かなければ、誰であろうと瞬殺されます」
ヴィルはいまいち実感がわかないらしく、『わかったようなわからないような』といった表情をしていた。
「……要するにアレか?友情バカと言うものか?」
「身もふたもない表現ですが的確ですね」
ヴィルは腕組みをしてしばらく考えた後、とりあえず理解はできたらしい。
「つまり、ボクが言われてほしくないことをあの女主人に言われたのと同じことがアリスにも起こったのだな?むぅ、それは悪いことをした」
「わかっていただければいいのです。アリスも普段はこの地雷について反省しているので、時間がたてば冷静に戻ってくれるのですが……。その冷静に戻るまでが問題なのですよ」
はぁ、と僕はため息をついた。
「大変そうだな貴様も」
「原因はあなたが作ったわけなのですが」
「だがそれでもこのボクを助けたその忠義は賞賛に値しよう!どうだ、やはりボクの家来になr」
「なりません」
むっすぅ、という擬音が似合いすぎるくらいにヴィルは頬を膨らませた。
たった今僕は気づいた。ヴィルは、アリスと似ているのだ。
……なんというか、どっちもどっちという雰囲気だ。
話題を変える為、僕はヴィルに尋ねた。
「それにしても、ヴィルさんはレイシュルツさんの発言がそんなにお気に召しませんでしたか?随分ご両親に反抗的でしたが」
ヴィルはなぜかギクッ、となった。
「あー、それはえっと、別にボクは反抗期とかそういうものではないのだよっ。そんじょそこらの一般の子供とは格が違うのだからな!いいか、決してボクは反抗期ではない!」
「はい、わかりましたから。僕も一緒にご両親に謝ってあげましょうか?」
「からかうなぁっ!!!」
僕はなんとか笑っていなかっと思う、たぶん。
ヴィルはひとしきり怒って見せた後(表情など目いっぱい怖くしているつもりなのだろうが、子供なだけあり全く迫力ゼロであった)、不意に表情が少し暗くなった。
「本当を言えばな……ボクは、父上と母上の子供ではないのだよ」
「……なんだか急に恐ろしく真面目な話になりましたね」
「うむ。真面目である。エメラルドにはいろいろ助けられたからな、特別にボクの身の上を聞かせてしんぜよう、感謝するがよい」
感謝……するべきなのだろうか?
だが、そんな風にあきれていた僕は、次のヴィルの発言を聞いてそんなことも言ってられなくなった。
「ボクの本名は、アルフィア。アルフィア=ヴィ=クララドル=ディオロラ4世。王城から逃げてきたのだよ」
ヴィルは、——否、現ディオロラ国王は僕を見てニヤリと笑った。
それはまるで、イタズラの種を明かして驚く友人を見、心底楽しそうに笑う無邪気な子供のようだった。
なので僕は驚いていたのだろう。そんなことを現実逃避気味に僕は考えていた。