複雑・ファジー小説

Re: さぁ 正義はどっち ? 参照四桁ありがとうございます! ( No.175 )
日時: 2013/08/13 15:01
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: aTTiVxvD)

四桁記念 番外編011 ある幻術師の思い出
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「良かった、師匠帰ってきた!」
落ち葉を抱えて山頂に戻ってきた師匠の姿を見ると、愛弟子達は構えていた武器を放り投げてその傍による。
「何があったんですか?さっき悲鳴が聞こえました」シランがコートの裾を不安そうに握りながらたずねる。
その頭を撫でて、ソーサラーは肩を落とした。
「追っ手が来てね・・・急いで君たちに風の幻術を教えなくちゃいけなくなってしまったよ」
それから三ヶ月の間、追われて逃げて退治する、その繰り返しのうちに、クウヤとシランは風の部屋三つをマスターし、イヴは風の部屋二つを習得した。

朝焼けの樹海の中、シランが風の部屋第七室”戦争”の部屋を開放するために薙刀を空に向かって掲げ、叫ぶ。
「 リブラ 」
その声と共に追手の兵士たち八人は辺りに視線を向け、信じられないというように武器を抜く。
そして虚空に向かって武器を振り、殴りかかるものもいる。
彼らには敵である、王国兵士が攻めてきたように見えたのだ。その幻相手に戦っている間に、シランはその場を去る。
「やれやれだなー、朝ごはん取りに行ってたらいきなり襲い掛かってくるなんて」
幻術を利用して小動物を確保したシランは文句を言いながら山頂へと走る。小脇に抱えた大きなキジを見ながら、つぶやく。
「師匠・・・元気になってくれるかな」

クウヤとシランが風の幻術をマスターすると、それから師匠の容態は悪化した。本来清潔で環境の良いところで安静に治療していなくてはならないのだが、鉱山は汚いまではいかない物の、けが人にはあまり良くない環境だ。
それがやっと使命が終わったとほっとした拍子に顕著に現われ、今はぐったりしたように岩場に寝そべっている。
山頂に着いたシランは、寝そべるソーサラーに元気付けようとしゃべりかける。イヴやクウヤはまだ狩りに行っていて帰ってこない。
「師匠、鳥捕まえてきたよ。それとね、兵士八人を幻術で惑わせてこれたんだ!」
ソーサラーはその言葉に、藤色の瞳を細めて微笑む。
「狩りもできるし、兵士から逃げることも出来るようになったね・・・もう何も心配することは無い、ね」
俺がもし帰ってこなかったら、お前が俺の代わりに金魚に餌をやっておいてくれないか?、みたいな死亡フラグのようなその言葉に、シランは不安げに黙り込む。最近いつもこんなことばかり師匠は言う。
とにかく起き上がれないソーサラーの代わりに、シランは料理をしようと鳥の羽をむしる。
幻術だけでなく、狩りの仕方、獲物の料理の仕方、火の起し方なども教わったため、てきぱきとソレをこなす。
もう少しで料理が完成するというときに、ソーサラーが声を上げた。
「シラン、逃げなさいはやく」そういいながら、ゆっくり身を起こす。
「え?」意味が分からず紅色の瞳をソーサラーに向けると、彼は歯を食いしばって立ち上がった。
「イヴとクウヤを樹海で探して、どこかに逃げなさい。大勢の兵士たちが鉱山を登ってきてる」
「え」慌ててシランは鉱山の傾斜を見下ろし、はっと息を止める。
そこには数え切れないほどの兵士や大柄な男達がおり、樹海を抜け出て山の入り口に入ってきていた。
「僕も戦います!」
そういって振り返ると、ソーサラーは杖代わりに長い木の枝を支えに立ち首を振る。
「イヴとクウヤのことが心配だから、探し出して一緒に逃げなさい。幸いなことにイヴとクウヤは王国側の樹海にいる。三人寄れば文殊の知恵、だから言うことを聞いて、探しに行って逃げてくれるね?」
でも、と口ごもるシランだったが、後から追いつくよという言葉を信じてしぶしぶ頷く。
そして薙刀をつかむと、涙をこらえて山を駆け下りた。

樹海に降りるとイヴとクウヤを探して思わぬ人物に出合った。ミカイロウィッチにいたはずの、自分の両親だった。
「シラン・・・?生きていたのね!」そう叫んで駆け寄ってくる母親に抱きしめられて頭が真っ白になる。一体どういうことだろう?
「私たちは帝国に追われたんだよ、お前の師匠さんの逃亡を手助けしていると疑われてね。さぁもうあんな所にはいられない。王国へ逃げよう」
父親に片手を引かれるが、シランはソレを振り払う。
「イヴとクウヤの両親は?僕、あの二人が見つかるまで樹海から出ないよ!師匠と約束したんだから・・・」
叫んできびすを返そうとしたシランの腕をつかみ、父親が言う。
「イヴとクウヤはご両親に会って、もう樹海を脱出したんだ。だから私たちも早く行こう。愛弟子を逃がす、それがお師匠さんの願いだろう、シラン?」
シランはソレがうそかどうか見破れず師匠の逃げなさいという言葉と、後で追いつくよと言う言葉を信じ頷く。
心底ほっとしたように両親が安堵し、シランの両手を引いて森を駆け抜けた。シランは、まさか幻術師の自分が両親のウソに惑わされているなど考えもせずに、ただ三人の無事を願っていた。