複雑・ファジー小説
- Re: さぁ 正義はどっち ? 参照2800ありがとう御座います! ( No.331 )
- 日時: 2013/10/12 16:43
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: sZWqKe5e)
037 ミカイロウィッチ帝国ルート
ゼルフにつれられてミカイロウィッチの宮殿に足を踏み入れたリンは再びポケットの中に手を突っ込み、マインゴーシュ(短剣)に触れた。
リンの片手にはバスケットがぶら下がっており、中に今日焼いたマフィンがたくさん入っている。
これを直接手渡せれたらいいのに、と思うのだがそれはかなわない。
廊下でさまざまな騎士や傭兵、メイドや魔術師とすれ違いながら二人は宮殿の中心部に進んで行き、空いていた談話室の扉を開けた。
小さなテーブルと四人はくつろいで座れそうなソファが二つずつある談話室はその名の通り会話する部屋であり、昼にはメイドたちが夜には鍛錬でくたびれた騎士たちがここで愚痴や情報交換などをしている。
リンにそこに座っているように支持したゼルフは、「エドウィンを呼んでくる」と告げて部屋から出て行った。
リンは扉が閉まってから二分ほどおとなしくしていたが、テーブルにバスケットを置くとあたりを警戒しながら談話室から出た。
豪華な絨毯の敷かれた廊下は数人の傭兵が通り過ぎた後で、ゼルフの姿は見えなかった。
(ごめんねゼルフ。ごめんなさいお嬢様)
そう心の中でつぶやくと、リンはポケットにマインゴーシュが入っていることを確かめ、皇女のいる部屋へと歩き出した。
その頃、黒髪ポニーテールの少女が扉から顔を出したアジトでは、アーリィがちょうどいいとばかりに声を上げていたところだった。
「レイ!ちょうどよかった、アンタ土属性の魔術使えたっけ?」
レイと呼ばれたポニーテールの少女は、探していた兄がいないのでさっさと帰ろうとしていたが、ちょっとうなづいて部屋に入ってきた。
「じゃあ土属性の呪詛でこの子治してあげて」
「まぁいいけど」
アーリィに促されてリンはエディのそばに方ひざをついてかがむと、目を閉じて何か思い出そうとしているようだった。
すると今まで肘掛け椅子に腰掛けて成り行きを見守っていたシフォンが、額に走る傷跡に手をやりながらレイに声をかけた。
「それが終わったら私の怪我の手当てもお願いしたいですがね」
いいながらちらっとツヴァイを眺め、痛い思いはしたくないので、と付け足す。
ツヴァイは外科手術の機会を奪われ残念そうに膨れており、ポケットに針と糸を突っ込んだ。
それから一分間ほど目をつぶって必死に呪詛を思い出していたレイはやっと目を開き、口を動かした。
「『 』」
その言葉が終わった直後、エディの足の怪我がぴったりとくっつき、ジッパーを閉めるように傷口が消えていった。後に残るのは血まみれの包帯だけだ。
「おぉーすごい・・・ありがとうございます!もう痛くないわ!」
ジンジンする痛みから解放されてエディは目を輝かせてレイにお礼を言うと、彼女は額の汗を拭いていた。
「便利だけど結構疲れる・・・」
言いながらレイは肘掛け椅子に悠然と座るシフォンの方を向いた。
「はい、おまたせ」言いながら手をかざし、呪詛を唱え始めた。
「癒しの呪詛は体力の消耗が激しいんですか?」
レイの後姿を見つめながらエディが尋ねると、アーリィはうなづいた。
「体力って言うか、精神力ね。本来呪詛はもっと長い詠唱を短くしたものなのよ。その詠唱を唱えればあまり疲れないし威力が上がるんだけど、あんなもの長くて覚えられないし、戦闘中足手まといになるわ。土属性が一番精神力を使うのよねぇ」
精神が弱ると人は行動を諦めてしまうのだという。体力の限界よりも先に来るのは精神力の限界なのだ。
「それにレイは魔術に頼らない魔術師だから、呪詛を使うことになれてないのよ」
アーリィがそうつぶやいたとたん、何の前触れもなしに突然扉が音を立てて開いた。
拷問部屋につながる扉から現れたのは、黒い髪に黒い瞳。先ほど出て行ったゼルフがレイの様に顔を覗かせた。
皆の視線がゼルフに集中し、レイがあっと声を上げた。
「ゼルフ兄さん、暇なら剣の手合わせをしたいんだけど」
「レイもここにいたのか。だけど今はできない。エドウィン・シュナイテッターに用があるんだ」
え、この二人兄妹だったんだ?と驚いていたエディは指名されてさらに驚いた。また皇女に何か言われるのだろうか、とまごついていると。思わぬ名前を聞いた。
「リンがお前に会いに来た」
リンと聞いて断る理由はない。エディはすぐさまゼルフの後について談話室に来ると、半ば転がり込むように談話室に飛び込んだ。
けれどそこにはリンの姿はなく、テーブルに編み上げのバスケットがひとつ、二人を迎えていただけだった。
「部屋を間違えたか?」とゼルフが談話室をめぐっている間、エディはそのバスケットのマフィンを見て、ここに確実にリンがいたことを知る。
何か不穏な予感を感じて、エディは不安げにのどを鳴らした。