複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照4100ありがとう御座います! ( No.372 )
日時: 2014/12/13 19:45
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: mJFNTt4F)

041 ミカイロウィッチ帝国ルート


早朝の海は穏やかで、話によればもうじき樹海の中腹につくらしい。船の帆を支えるマストに手を添えながら、リンは空を見上げる。まだ太陽でさえ地平線でまどろんでいる時刻だ。空を舞う海鳥の姿さえない。茶色の目でその光景を見つめながら、リンは物思いに沈む。
船旅といえばシュナイテッター伯爵家の一人娘、エディを思い出す。


 シュナイテッター家に雇われてからもう何年になるだろう?初めて出会った頃のエディはそれはそれはお転婆で、嵐で激しくうねる荒波を美しいと褒めてはダイブしたり、樹海の真上に掛かる月の油絵を描きたいからと真夜中に護衛なしで画材道具と弓だけで家を抜け出したりと、本当にハラハラした。
(あれから考えれば、お嬢様はだいぶ落ち着いたのかな?それとも単に伯爵様がお嬢様の自由を奪ってしまっただけ?)
エディとの事を思い出し、少し微笑んだリンは、だが顔を曇らせた。もうあの頃のように安寧の日々は来ない。自分はこの国の皇女に身を売ったも同然なのだ。
たった一人の伯爵の娘のため、自分の恋人や自分の自由を失うなど馬鹿な話だと人は笑い侮蔑するだろう。しかし、心優しいリンには、皇女に囚われたその小娘を放っておくことが出来なかった。



 「ついたぞ」というナポレオン帽をかぶる船長の一声で、盗賊団の一連が船から樹海の中へ飛び降りていくのをまねて、リンもそれにならう。
振り返れば船は錨をおろし、盗賊団が王女をさらってからすぐ出航出来るように待機するため、これから野営に入るようだった。
 王都まで休まず歩くからなー、というバンダナを巻きつけた団長、ヴィトリアルが間延びした声で言ってからというもの、朝早くから歩かされて不機嫌そうな一団は一言もしゃべらない。
盗賊団の—幻術師兄妹、科学者、団長、パペットをはめた男の子、そして小さな魔法使いの少女。
寡黙だというよりは、眠くて仕方ないらしい。リンはメイドなので、早朝には強い為あくびひとつせずケロッとしている。
そんな盗賊団を一人一人観察していくと、白衣を引きずる少年に引っ掛かりを感じてリンは首をかしげる。
(あの白衣少年どこかで見たような…?気のせい、かな)
一応彼らから自己紹介を受け名前を把握したものの、このツヴァイというオッドアイの少年の顔に見覚えがある。
そのまま樹海を抜け出た昼間までもやもやと考え込んでいると、やっと昼間になり眠気が醒めてきたようで彼らに活気が戻ってきたようだった。
 

小高い丘にたどり着き、羊が一人の小さな少年に見守られて自由に草をはむ光景が遠目で見られる草原で小休憩をはさむと、アーリィと名乗る小さな女の子がリンの下に寄って来た。
「アンタって、やっぱりあのリン?」
しげしげとその宝石のような赤い瞳で眺められて、リンはきょとんとする。
あのって何だろう?
すると、何か決意した表情で重々しく口を閉ざしていた少女、イヴという少女がふと顔を上げてこちらを見つめた。
その膝にはこの辺一帯を包むように咲き乱れるシロツメクサで編んだ冠が乗っており、彼女の兄であるクウヤが作ったらしい。その隣では犬のパペットをはめたウィンデルがマシンガントークでツヴァイに猛烈に話しかけている。
「もしかして…あなたってやっぱり、エディの家の、メイドのリンさん?」
「どうしてそれを—」
自己紹介といえども名前だけの紹介で、すぐ皇女とのやり取りで席を立ったため、彼らとちゃんと面会できたのは今回の遠征が初めてであった。ゼルフからは主にエディについての情報しか聞いてこなかったので、彼ら盗賊団については全く知識がない。向こうもそのはずだが…。
するとアーリィがにっこりと笑う。
「やっぱりね…エディがアンタのつくるマフィンをすごくほめてたのよ。それにアンタに会いたいっていっつもこぼしてたんだから」
「お嬢様が…」
ほっこりとした感情が胸を占める。盗賊稼業に染まって悪人の心が芽生えていたりしたら…と少し心配していたのだが、エディは少しも変わっていないようだ。
自分が犠牲になったとしても悪に染まっていたら意味がない。胸をなでおろしたリンは、エディの現状を知りたくて尋ねる。皇女はエディとの面会を許してくれなかったし、リンも決心が揺るがないようにエディに会うつもりはなかったが、やはり気になる。
「お嬢様はお元気でしょうか?今どうしておられるんですか?」
「エディはね、この最強の魔術師であるアタシの弟子として魔術を習得中よ!」
すると、あぁコイツが例の黒いマフィン事件の本種…とつぶやいて、寝転がっていたヴィトリアルが上体を起こしてふんぞり返るアーリィを見る。
「お前の、じゃなくて俺の手下、だろが。団長は俺だぞ?」
言いながら立ち上がり、さぁ出発するか、と号令をかける。
そして服についた草をはらいながら、「アイツなら今頃、お前を探して走り回ってる頃じゃないか?」と首を傾げた。