複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照4300ありがとう御座います! ( No.390 )
- 日時: 2014/12/22 18:52
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: A1qYrOra)
047 カメルリング王国ルート
ラグに名残り惜しく別れを告げて、ルークはもう月の懸る空のもと、とぼとぼと歩いていた。
魔導剣士として騎士となったが、ルークは帰る家をミルフィーユの邸宅にしていた。
仲良くなったシランやユニート、カルマなどは王城に住まわされているのだが、実家から遠く離れた今、第二の家族のように暖かく自分を迎えてくれる家はやはり発明家一家の館だった。
「ただいま」と言えば、以前なら飛び跳ねるようにラグがお帰りなさいと声を掛けてくれたのだが、今は一心不乱に試される炸裂音が聞こえてくるだけだった。
ミルフィーユが朝からずっと発明に勤しんでいるのだろう。いつもならまたやってるよ、と微笑んでいられるのだが、今は身を削るように苦しんで発明してるに違いない。
ルークは自分の部屋に向かわず、その足でガラクタとともに放り出されている書物を手に取る。
ミルフィーユの愛読書だった化学や物理や工学についての本であり、ルークはそれらの中から何か発明に使えないかと必死にページをめくる。
こういった本には何をしたら危険!とかが記されてるはずだ…と必死にページをめくるも、その瞼は閉店とばかりに閉じていく。
そしてついには、本の谷に埋もれたまま気を失ってしまった。
かじった程度しか手に入れられなかった知識でも、しっかりと頭に入っているらしい。
その知識が夢の中まで追いかけてきて、ぐるぐると回りだす。
混乱のさなかから脱出するように眠りから覚めたルークは、窓から差し込む穏やかな光を目にして絶望に打ちひしがれた。
その空は淡く、水色が美しいバラ色に染められつつあり、もうじきくる夜明けを讃えているように見える。
僕は王国にも発明家一家にも、何一つ役立ってないというのに…。
ため息をついて本の谷から体を起こしたその時、ぎくりとして心臓が止まりそうになった。
青白い顔をしたミルフィーユが積み上げられた本の塔を椅子にして、こちらをぼんやりと眺めていたのだ。
「ミルフィーユさん…?」
恐る恐る声を掛けると、青い目がゆっくりと焦点を結ぶ。
「ルーク君…こんなところで何をしてるんだい」亡羊とした口調で言ったミルフィーユはちらりと本の題名に視線を投げる。
「魔導剣士をやめて発明家にでも転職する気かい」
「…僕はラグを助けたいんです。僕が殺戮兵器を発明したら、そうすればミルフィーユさんもあんな発明しなくて済みます」
ミルフィーユは何も言わず、またぼうっと遠くを眺めだした。大きなステンドグラスから漏れ出すバラ色の光を一身に眺める様子はまるで神様に祈っているかのようだった。
その様子に、どうして?と言われているような気がして、ルークは聞かれてもいないのに思わず言う。
「僕は人を刺したんです。それから時々、変な被害妄想までしてしまって…でも、また僕の大切なものが壊されそうになったら僕は又ためらわずナイフで刺してしまうと思うんです」
ミルフィーユがステンドグラスから焦点の定まらない目をこちらに向けた。どこを見ているか全くわからず、死人みたいで恐ろしかった。
その目をまっすぐ見据えて、震える声ではっきりと告げる。
「僕は第二の家族みたいな貴方たちを救うためなら、殺戮兵器だって作れます」
どれくらい時がたっただろう。沈黙したまま、ステンドグラスの光を浴びて二人してぼうっとしていた時だった。
突然ミルフィーユが立ち上がり、ポカンと口を開けて見上げるルークを見下ろした。
「そんなことはさせないんだよ」
言うなり、ものすごいスピードで駆け出し、本やガラクタをなぎ倒していく。
「ミルフィーユさん?!」
あっけにとられていたルークは慌てて立ち上がり、なぎ倒された障害物を飛び越えて後を追う。
追いつけばもうすでに設計図を書きなぐっている後ろ姿が見えたが、ためらわずに声を掛ける。
「どういう—」
しかしそれをさえぎって、ミルフィーユは縦横無尽にペンを走らせながら明るい声で声高らかに応える。
「殺戮兵器なんて誰にも作らせないよ。だけどラグはちゃんと返してもらう。だから、ルーク君も馬鹿なこと考えるのはやめて、さっさと魔導剣士の卵らしく生き残るために鍛錬をしなさい!」
「殺戮兵器を作らないのにラグを…?」
何を言っているんだろうこの人は、と困惑していたルークは、やがてかぶりを振ると、ゆっくり頷く。
「わかりましたよミルフィーユさん。でも僕が必要になったらいつでも呼んでください」
その言葉に狂ったように動かす腕を止めずに、うんとわずかな反応だけ返すミルフィーユ。
そのなぜか嬉々としている背中を心配そうに眺めたルークは、せめて朝食を作ろうとキッチンに向かいながら、考えこむ。
(ミルフィーユさんは気が狂っちゃったわけじゃないよね…?でも、殺戮兵器じゃない兵器って何だろう…?僕にできることはないのかな)
紅茶用のティーポットを抱え込みながら、ルークはそっとため息をついた。