複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照5600ありがとう御座います! ( No.461 )
日時: 2015/03/12 01:08
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)

ミカイロウィッチ帝国ルート 060



 船が波間に揺られてから約1時間ほど経過した頃、手術室もとい船舶室からツヴァイとイヴがようやく出て来た。間の悪いことに早い昼食をとっていた船長とヴィトリアル、ウィンデルの前に現れた二人は、食事中には絶対に見たくない格好をしていた。
仲良く三人甲板に座り込んで世間話でもしていた和やかな雰囲気は消し飛び、真っ先に最年少のウィンデルが口元を押さえて立ち上がり、手すりにつかまって苦しそうにうめいた。
「さすがに俺も魚に餌やっちまうかもな」
食べていた物を静かに皿に置き、ため息をつきながらヴィトリアルがウィンデルの背中をさすってやりながらぼやく。
船長だけは険しい顔をしつつまだ食い続けている。
そんな彼らの反応をよそに血まみれの白衣を引きずりながらツヴァイが報告する。
「手術は成功したよ。このままの容体なら、感染症にもかからないだろうし一命もとりとめるだろうね」
初めてオペを試みて好き勝手手術できたことに満足気にしているツヴァイに、同じく民族衣装を血まみれにしたイヴが口をはさむ。
「最初膿んだ部分を切り取る時失敗したくせに…そのせいで二人とも返り血が—」
「でもちゃんと縫ったじゃないか。君だって慌てて縫おうとしたとき間違って内臓の方を傷つけかけ—」
もう俺たち昼飯食えねぇ、着替えるまで側に来ないでください、という二人を遠目に、着替えの服の無い血まみれ二人組は昼食をとるわけにもいかずかといって甲板には出てくるなとくぎを刺されたため、船舶室で到着するまでぼうっとしているほかない。
船舶室には他にも魔導書を持たせたフランチェスカ王女もいたが、惨劇を実際に見ることが出来ない彼女はただニコニコしながら部屋の隅に座り込んでいる。
「リンももう大丈夫そうだし、魔導書と皇女を拉致できた…」血なまぐさい部屋で微笑みを浮かべる、すこし不気味とも取れる王女の笑顔を眺めながら、イヴは兄の安否を気遣う。
「あとは兄さんとアーリィが…無事なら…」


 帰還組がまだ樹海を駆け抜け、船にもたどり着いていない頃、化け物と戦う二人組は化け物に背を向けて逃げるように走っていた。
「イヴ俺の心配してくれてるかな?」
「するんじゃないの、こんな化け物と戦うんならね!」
クウヤのため息交じりのぼやきに、背中につかまるアーリィがイライラしたように後ろを指差して応じる。
彼らの後ろでは化け物が世にもすさまじい悲鳴を上げて手あたり次第を巨大な前足で叩き潰してのたうち回っている。
「アンタさっきなにやったの?!アイツのたうちまくってるわよ!」
「いや、それが…」
その被害に飲み込まれまいと決死の思いで距離をとる二人だったが、ほんの数分前までは事は順調に行きかけていた。

 数分前、クウヤの幻術、土の部屋第六室である「 ウィルゴ 」の強制労働により、全身を覆う鱗そのものを重くされた化け物は驚きに甲高い声で一鳴きすると地面にうずくまった。
何が起きたかわからないというような化け物を見据えて、アーリィを抱えたままクウヤがその眼前に立つ。
化け物の動きを止めてしまえば、剣を振る方の利き手が負傷していても楽にとどめを刺すことが出来るだろうとクウヤもアーリィも考えていた。
致命傷を負わせる前に少し問答をしたいということで、顔のそばにしゃがみ込んだ時だった。
「無様ね、化け物。聞くけど、アンタはいったいどういった生物なの?最後に聞いてあげるから言いなさい!」
毅然とした態度で言うアーリィの横で、ツヴァイからもらい受けた小瓶を右手に持ち替えたクウヤが短く悲鳴を上げて瓶を勢いよく放り投げてしまった。
「あぁっと…!マジかよ…」
どうやら化け物の尾が当たった右手の骨が折れたようで、少しでも曲げると激痛が走る。慌てて左手を伸ばして瓶を掴もうとするが、空中で叩き落とすような形になり、化け物の鼻孔、つまり鼻の穴へ転がり込んでしまった。
普通爬虫類の鼻孔は鱗の合間にぽっかりと空いており、他の生物と同じように舌の上に続いている。化け物が目を細め、鼻の奥へと転がり込んだ異物に反応していやそうに首をねじろうともがく。
そのうち呼吸により舌の上に到達した異物を、化け物は吐き出そうとするうちに硬い牙でかみ砕いたらしかった。
秘密兵器になるかもと言われていた瓶をかみ砕かれたことにあちゃーっと頭を抱えたクウヤだったが、化け物が突然悲鳴を上げたことでぎょっと目をむく。
そして重くて上がらないはずの尾と手足をめちゃめちゃに振り回しながら暴れる化け物からアーリィを引き離し、転がる様に背を向けて距離をとる。
そして、今に至るのだ。

「つまり何よ、薬品の入った小瓶をかみ砕いてあんなことになったわけ?」
クウヤの弁解めいた説明にアーリィがムッとした顔で怒鳴り返す。化け物の暴れ狂う声のせいで大声を上げないと会話が成立しないのだ。
「そーだよ。口の中が—なんかよくわかんないけど—溶けたんだろ、薬品のせいで」
肩までよじ登り頭を鷲掴みしてくるアーリィに、クウヤも負けじと声を張り上げて応える。
痛そうだぜ、と顔をしかめる割に化け物の心配はしていない。それもそのはず幻術にあらがってのたうち回り、後ろに目をやってみれば口から血を吐きながら怒り狂った形相で追いかけてきているからだ。
「どこが最終兵器だよ。とんだ挑発剤を贈呈されちゃったな」
やれやれだぜ、という風に悪態をつくクウヤの髪の毛をロボットの操作レバーのように引っ張りながら「いーからアンタは走って!」とアーリィが叫ぶ。
「このアタシの魔術よりちっぽけな薬品のほうが効果抜群って癪に障るわねッ」身をよじりながら化け物の方を振り返ったアーリィはさっと杖を振り上げる。
化け物の咆哮がとどろく血だらけの口へ、『インフェスティオ』!と炎竜巻を食らわせる。
唯でさえ柔らかな口内が、薬品で焼けただれ血があふれ出している惨状なのにそこへ焚き付けるような炎の渦が突っ込んできたのだ。化け物は迎え撃つように構えていたが、たちまちはじかれるように顔をそむけた。
けれどさらに容赦なくアーリィはピンクの杖を振り回す。
「『ヴァンフレア』『ベルミリオ』!」
大爆発の嵐に化け物は血を辺りにまきちらしながら、それでもなぜか瞳に強い光を讃えて反撃する。
「伏せて!破壊光線よ!」
化け物が光の柱を口から何発も連弾で放ち、たまらず風圧で二人が転がる様にでこぼこの地面に倒れこむ。すぐにシールドを貼ったおかげで蒸発死は免れたが、化け物も集中砲火を食らわせる。
しかも重い体を引きずりながら、破壊光線を打ちながら近づいてくる。
「ふざけんじゃないわよっ。このまま踏みつぶされたらおしまいじゃない!」
シールドを何層にも重ね破壊光線を防いでいるアーリィが喰いしばった歯の間から憎らしげに悪態をつく。
化け物は大木を踏み砕き、血の跡を作りながら復讐に目を光らせている。そしてシールドの中に寝転がる二人に血にまみれた牙をむき出しにしてにっと笑った。