複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照5700ありがとう御座います! ( No.468 )
- 日時: 2015/03/18 00:47
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)
カメルリング王国ルート 065
「どこで!どこでです?!」
シュタイン婦人に飛びかからんばかりの勢いで、シランはカウンターを両手でたたいた。
酒場の喧騒が静まり、皆驚いた顔でシランを見上げる。
「一昨日になるかしら、旅芸人の子達がちょうどほぼ夜明けにやってきたときだから…」
女将さんがシランの剣幕にびっくりしつつ、首をひねって続けた。
「旅芸人のボウヤ達と他の一組の旅人と同じくらいに、この店に来てたわね。マント付きのフードをかぶっていたけどずいぶん思いつめた顔をしていたからよく覚えてるわ」
「あの、それで、みんな…それから見かけました?包帯巻いた優しそうな人は居ませんでしたか?」
切羽詰まったような、何から聞けばいいのか分からないようにシランが口ごもりながら問いかけた。
必死に三つのマスコットを女将さんに見せて、せがむように話してくれと頼み込む。
はたから見れば狂気の沙汰だが、事情を知っているだけにルークもとめられない。
その上、今やイヴとクウヤという兄妹には帝国の差し金疑惑がかかっている。彼らの足取りがつかめれば、血まみれ二人組の行方も分かるかもしれない。
「そうねぇ、燃えない人間の手品の後、それぞれバラバラに出て行っちゃったし…」
困ったようなおかみさんの気配を察して、その日もいつものように常連していた客の一人が助け舟を出す。
「俺がその燃えない人間に抜擢されたわけよ。急に水か何かぶちまけられてあっけにとられていたら次の瞬間には俺は火を出してたわけさ」
笑いながら話す男は丸坊主で、その時に居合わせた他の客も大声で笑いながら頷く。
「殺人事件が起こったかと思ったぜ、あんときゃあ…他にいた客はえーっとー…」
丸坊主の燃えない男が首を巡らせて常連客を眺めまわし、そのほとんどが酒につぶれてろれつが回らないのを見て悪態をつきつつ、急にぱっと顔を明るくさせた。
「そうだ!ライヤもあんときいたよな?俺が燃えてた時によ?」
アイツはしらふだったから俺たちより正確に話してくれるだろうぜ?何なら引っ張ってくるか?と大男たちが立ち上がる。
「ぜひ!お願いします!」
シランが目を輝かせて、思わずこぼれそうになる笑顔のまま頼み込み、数人の酔っ払いの大男たちが笑い合いながら出ていく。
「良かった、もういちど手がかりがつかめそうだよルーク!」
カウンター席に飛び乗り、おかみさんの手を握りしめながら何度もお礼を言い、シランはルークの背中を叩く。
「あー、うん」シランは彼らが帝国の差し金疑惑が掛けられたことを忘れたのだろうか、と内心思いつつも、ルークも大人しくシランの隣に座る。
2、30分経っても大男たちとライヤという人物は来なかった。シュタイン亭の壁にかかる時計は朝4時ごろを差出し、一旦ツバキ団長に報告に行ってくると立ち去ったジョレスとノイアーが再び戻ってきたころには朝6時になっていた。
すっかりカウンターに伸びて眠りこけていたルークとシランは、急激なドアの開閉音ではっとして目を覚ました。
「やあっと見つけたぜ。こいつだコイツ!」
放り込まれるようにして店内に入ってきた人物は、ひどく眠そうでぐったり疲れた若い男だった。
黒髪は長時間冷たい風にさらされたようにぼさぼさしていたし、寒くてしょうがないという様にマントを体に巻き付けている。
「勘弁して、酒は今日はいらないよ…明後日にまたおごってくれる?」
大あくびしながら店から出て行こうとするライヤという青年に、大男たちは悪酔いしたためか、プロレス技を掛けるように首に腕を掛け、乱暴にカウンターの一つに座らせた。
「宿にもいなくてな、ほんの三十分前に税関を通り抜けてやがったから引っ張ってきた。大方郊外のねーちゃんでもひっかけてたんだろう?」
ライヤは耳元で騒がれるのがいやらしく、茶色の目をこすりながら片耳を面倒くさそうに塞いだ。
「もう眠いんだ。明後日にしてくれない?ここにいくら可愛い女の子がいたとしても、俺はもう今日は帰って寝る」
そりゃ困るよ、ちょっと僕の質問に答えてったら、と今まで黙っていたシランが乱暴にライヤのマントを引っつかんでカウンターに座らせた。
ライヤが不平を吐き出す前に、その眼前にマスコットを吊り下げる。
「一昨日、イヴとクウヤが旅芸人と一緒にシュタイン亭に来たんだって?その時の事詳しく聞かせて!包帯を巻いた人はいなかった?彼らはどこに行ったか知っている?」
「イヴとクウヤだって?!それと包帯?」
かなり迷惑そうに眼をこすっていたライヤが、シランの言葉に心底驚いたように声を上げた。
そして信じられないという様にしげしげとマスコットを見て、シランを上から下まで眺めた。
「知ってるの?知り合いなのか?!」
胸ぐらをつかむ勢いで問いただすシランに、ライヤはふいに黙り込んだ。
なにやら寝ぼけた頭で何かを考えている様子にも見えるし、もう疲れ切って応えるのも疲れたというようにも見える。
「あー…やっぱりあれだ、寝ぼけてたみたいだ。そんな奴ら知らない」
しばらくしてライヤがぼそりとつぶやく。
再びマスコットを眺め、目を細めながらシランの紅い目と淡い紫色の髪を見て不思議な顔をしながら目をそらした。
「ちゃんと見てよ、彼らがどこに行ったか知らない?」
しつこく聞くものの、それっきりライヤは先程のような眠そうな反応しか返さなくなり、シランはがっくり項垂れたようだ。
そのやり取りを遠巻きから見ていたジョレスが、シランが黙ったことをきっかけにライヤに声を掛けた。
「お前…前にあったよな?旅芸人の御者を…してたろ?」
ジョレスの声に、ライヤが思案気に少し黙っていたが何やら目をつぶると、頷いた。
「あぁ、その芸人の送り迎えの仕事が今やっと終わって、ほぼ徹夜で馬車走らせたから眠いんだ」
そうか、大変だな、というジョレスの言葉には少し疑うような響きが含まれていた。
「それじゃ俺は失礼するよ。眠いんでね」
ライヤはさっと立ち上がり、マントを翻してシュタイン亭を出ようとするがあきらめきれないシランが最後に再び進路をふさぐ。
「本当に、知らない?昨日城でイヴとクウヤが僕を探していたらしくって‥‥もし見たなら、この包帯を巻いた人ならすごく目立つしわかると思うんだけど?」
本当に寝不足で、しつこい掛け合いにイライラきたのだろう、ライヤがムッとしてシランを見た。
「イヴとかなんとかも知らないよ、腹に包帯を巻いた侵入者もね!」
「僕の師匠は右目に包帯を巻いてるんだ…マスコット見ればわかるでしょう?それに、僕を探してたって言っただけで、侵入したとは言ってないよ?」
シランが不思議に言い返せば、ライヤはふと口をつぐみさっと辺りに目を走らせた。
「尻尾が出たな。とりあえず捕まえろ!事情聴取は牢獄でやってやるぜ!」
ジョレスの言葉に、一瞬落胆と脱力の表情を浮かべ、困った笑いを浮かべたライヤはマントを翻して扉を蹴り開け、外に飛び出した。
そのあとをジョレスとノイアー、シランが追いかける。
唖然とする常連客とシュタイン婦人たちの間に突っ立ったルークは、別の事に頭を悩ませてうめいた。
「嘘だろ…あの人が芸人を送ったんなら、その芸人も帝国の差し金なんだ…。そうかだから、あの子は王国の話をあんなにせがんでいたんだ」
ということは、ライヤという人物が、この王都から外へと、完全に帝国の手先達と魔導書を逃がしたことになる。
ルークは震えながら、仲間の後を追いかけた。
徹夜で馬とおしゃべりする羽目になったのに、帰って来てそうそう大変な目に合う不憫なライヤさんw