複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照5800ありがとう御座います! ( No.476 )
日時: 2015/03/30 19:24
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)

ミカイロウィッチ帝国ルート 063


「アンタ何言って——?」
俺がお前たちを襲う理由は平和が好きだから…という化け物の言葉に、アーリィはますます眉間にしわを寄せた。
平和が好きなら尚更、誰かを襲う事などしないはずである。
縦に瞳孔の入った金色の瞳から感情を読み取ろうとするが、化け物は視線をアーリィの背後へと移した。
ちょうどクウヤがはたき飛ばされた自身の剣を探しに木々の間にかがんだところだった。
ひとしきりクウヤを見た後、化け物は再び魔女へと目を戻し、少しだけ首をもたげた。
「オレは平和が好きだ—だから戦争を—止める為に火種を潰している」一言一言痛みに目を細めながら化け物は話だし、アーリィは化け物の顔を見上げた。
化け物の口から滴る血が、足元の草原を染め上げている。
「火種…?アタシ達が…?」
独特の血の匂いに一歩後ずさりながら、睨むように呟けば、化け物はこともなげにうなづく。
そのすがすがしさにイラつきさえ覚える。
「アンタは予言でもできるわけ?そもそもどういった生き物なのよ、アンタ。アタシが生まれてから云年たってるけど、アンタみたいなの初めて見るわ」
「予言…そうだな—予言のようなものだ—旅の途中の老人と占星術師に出会って—お前等が一番大きな戦争の火種だとそう聞いた」
化け物はかぎ爪を地面に食い込ませて唸るような声を出したが、アーリィはそれに気づかずに首をかしげていた。
「それで、アンタはその占星術師からどんな予言をもらったわけ?」
化け物は再び視線をクウヤに投げた後、「''この樹海へ—戦争の火付け役が8人歩いてくる。それをあなたは猛撃するだろう'’—と」
一息に言い切ったためか、化け物が苦しげに血を吐き出した。そのままうつむいて少し縮こまる。
 「それで、アンタの正体は…—ッ!」
しかし突然化け物は黒いかぎ爪で地面を蹴り上げ、最後の力を振り絞ってがばりと大口を開けてアーリィに躍りかかった。


 ばちんっという何かを噛み合わせるような衝撃音を聞いて、クウヤは音のする方へ無意識に首を巡らせた。
その反動で背中に痛みが走り、顔をしかめる。
(背骨折れてたらどうしよ…手首は折れるし、背中は痛いし、気を抜くと術が破れるし、さんざんだな—)
おまけに剣もどっかに吹っ飛んでいったし、と悪態をつくが、視線の先の妙な光景に口を閉ざした。
先程までアーリィが化け物と会話していたのだが、どこにもいなくなっている。
化け物は奇妙なうずくまり方をしており、すでに血まみれの口元がますます赤く染まっている。
ついに力尽きで死んだのか、まぁあれだけ攻撃されたらさすがになぁ、と一人納得しながら化け物の周囲へ目を向けるのだが、やはりアーリィは居ない。

「まったく…まさか食われたんじゃないだろうな?」
このままアーリィを置いて帝国へ出発する訳にもいかず、仕方なしに痛む体を引きずり探索を開始したクウヤ。
その散策中に図らずも自身の吹っ飛んだ剣を発見し、それを片手にうろうろと化け物中心に捜索を続ける。
「そんな奴にアタシが食われるわけないでしょ!」という声が掛かるのを期待しつつ用心しながら化け物を観察すると、がっちりとかみ合わされた牙の間に、何か見たくない物が挟まっているのを見つけた。
なんだか、黒の、フリルが多くついたスカートの切れ端のようなもの。
 地面に剣を突き刺して、無事な方の手でその布きれに触れると、牙の間からつられるように血が流れ出し、化け物の顎を伝ってさらに草が赤く染まる。
「はぁ…?嘘だろ…?」
慌てて牙と牙をこじ開けて安否を確認しようとするが、重くしっかりと閉じられているため口を開けることが出来ない。
それどころか化け物が不平の声を漏らすように小さくうめくような音を出す。心なしか開きっぱなしの黄金色の目玉が、クウヤを睨むように見えた。


「ッ! まだコイツ生きてるのかよ!」
その目に目掛けて思い切り剣を突き刺し、更にもう一度刺そうと振り上げた途端、再び喚き散らすうめくような声が聞こえた。
だが、目に痛々しい穴が開いたことにより、その声が今度ははっきりと聞こえた。
「アタシを刺し殺す気なの?!」
その声に剣を取り落しながら、穴の開いた目の傷口へ飛びつき覗き込めば、化け物の長い舌の上でうつぶせで縮こまるアーリィがいた。
小さな体がすっぽりと化け物の口の中に納まっており、牙でできた檻の中にうずくまっているように見えた。
「何でそんな所に居るんだ?」
「コイツが急に大口開けて襲い掛かってきたのよ!」好きでいるわけじゃないと憤慨したように食って掛かる魔女のために、目玉の傷を広げながら奇妙そうな顔をするクウヤに、アーリィは事の次第を怒ったように話し出す。
「急な攻撃だったから避けるのも間に合わなかったし、魔術攻撃しようとしたって爆風で自分も吹っ飛ぶし—」
なんとか目玉の傷口から引き揚げられ、ますます血まみれになったアーリィが悲惨な有様になったロリータ服を摘み上げ、ため息をこぼしながら言う。
「だから口の中に飛び込むしかなかったのよ。それで化け物の口の中で縮こまりながら、喉の内側から体内を攻撃したの。でもこの化け物はアタシに食いついた時にはもう最後の力も出し切って、死んでたんじゃない?」
 ため息とともに一息で言い切り、ぐったりと沈み込む化け物に目をやる。
「結局、コイツの正体はわからないままだな…」クウヤが化け物を隅々まで目に焼き付けるように眺めまわす側で、アーリィが身震いしながら口を開く。
「まぁ仕方ないわね。聞いたところによれば王国との繋がりによってアタシ達を襲ったわけじゃないらしいけど…」
思慮深げに考え込もうとするが、まとわりつく化け物の血に再び身震いしてアーリィは杖を掲げ、呪詛を叫んだ。
「『セティファウンテン』『ケーレウス』」
杖が地面を指すと、そこから泉のように氷のつぶてがわらわらと吹き出し、それが徐々に温湯の噴水のように周囲に暖かなお湯をまき散らし始めた。
その中へ入り込み、服と体中から化け物の血をこそげ落とし、再び杖を一振りする。
するとたちまち間欠泉のような暖かな噴水が消え去り、濡れた子犬のように体中についた水けを振り飛ばしながら、「さぁ、じゃあ、帰りましょ!」アーリィが樹海の奥を指差した。
「そうだな」剣を杖代わりにしながら、うんざりするほどに延々と続く木々の間を見つめて、クウヤはちょっと懐かしそうにそれを眺めた。
 昼間の垂直な日差しがわずかにこぼれ、誰もいなくなった化け物のうずくまる周囲を、ぼんやりと照らし出した。