複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照6300ありがとう御座います! ( No.492 )
- 日時: 2015/04/19 00:38
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)
ミカイロウィッチ帝国ルート 066
報告書をセイリーンに託した今、俺の仕事は拷問にできるだけ長い間に耐えて、セイリーンが帝国へ報告書を届ける時間を稼ぐことだ。
黒髪から水をしたたらせて、寒さに震えながら、気管に入り込んだ大量の水を激しく咳き込んで吐き出す。
一時間ほど前から後ろ手に縛られ、大きな布を頭からかぶせられて大きな水樽の中に頭を沈み込まされているせいで寒くてしょうがない。
リリーと呼ばれる赤毛の少女がライヤの頭を水の中へ押し込む作業をし、姉のリレーナが同じ質問をライヤが答えるまで繰り返す。
「他にスパイは居るのか?」
「さ—さぁね」
寒さに震え血の気を失った唇を無理に動かして笑うと、リリーが布をかぶせてまたライヤを水の中へと沈ませる。
呼吸を止めさえすれば大丈夫というような時間をはるかに超え、二分以上水中に沈み込まされれば、さすがに苦しくなって思わず息を吸い込んでしまう。
そのたびに喉を焼くように気管へ水が逆流し、水中の中でむせ返る。
まだ聞くことがあるので死なれたら困るというように、ライヤが激しくむせるとすぐに引き上げられるが、まともに呼吸が出来ない。
水を吐き出す合間に何とか呼吸できなければ、すぐにまた水の中へ押し込められる。
徹夜明けに爆弾ジョギングをした後、爪を一枚剥されて水責めにあうなんてとんでもない日だな、と脳内で笑い飛ばし自分を元気づけようとするが、全く笑えない状況だった。
もう一時間もすれば低体温症になり、水責めのせいで水分の過剰摂取を起こして水中毒を引き起こすに違いない。
最悪その結果で俺は死ぬことになっちまうなぁ、とぜいぜい呼吸しながらライヤは周囲に目を向ける。
18年の生涯最後の光景が寒い独房とはなんともスパイ冥利に尽きるではないか。おまけに赤毛姉妹が俺の死をみとってくれそうだし、スパイの死にざまとしちゃ悪くない方だ。
リレーナが口を開いて何か言ったが聞き取れず、無視したとみなされてリリーに沈められまたひどく水を飲み込んだ。
呼吸を止めることもできなくなってきて、水の方が体温より温かく感じられてきたころ、完全にリレーナの言っている言葉が理解できなくなり、体を動かすことも苦痛になってきた。
ありがたいことに引き剥がされた爪の痛みは、感覚がマヒしてか痛く感じない。
もうこうなったらさっさと終わらせてくれと自暴自棄になりかけたころ、独房の隅に座り込んでいた銀髪の案内人がはっとして立ち上がったのがかろうじて理解できた。
鎖に縛られ角度的には見えないが、誰かがやってきたらしい。銀髪の案内人がお辞儀をすることから位が高い人物だろう。
ぼんやりする頭が、もちまえの回転の速さを無理やり引っ張り出し、一時的にライヤは再び人の言葉を理解できた。
「直ちにその者を介抱せよ。そして玉座の間へ連れてくるのだ。父上から直々に話がある」
(そのものをかいほう…?どういう意味だ…?)
リレーナとリリーが驚いたように目を合わせるのをじっと見ていると、リリーが自身が羽織っていた分厚いビロード地のマントを脱いで、ライヤを包み込むように覆った。
(どういうことだ…?)
のろのろした頭が真っ先に感じたのは、ひと肌程度に温まったマントが温かくて心地いい、ということであり、なぜ水責めを急に辞めたのかは理解できなかった。
「いったいどういうお考えなのか…」リレーナがライヤの足首に巻かれた鎖の端を持ち、リリーにぼやくように囁く。
マントを脱いで、分厚い皮でできた防護服一枚になったリリーが「さぁ」と小首を傾げライヤを姉よりも黄色味の強い瞳でじろりと見た。
「何か状況が変わったのかもしれない」
リリーの防護服からのぞく足をぼんやり見ていたライヤは、さっと脳裏にセイリーンを浮かび上がらせ少し緊張した。
もしも彼らにフランチェスカに化けたドッペルゲンガーであるセイリーンの存在が知られたのなら、彼女は捕まったのだろうか?
なんにせよ重大な話があるらしい、というのは理解できた。相変わらず後ろ手で手を縛られているが、暖かなマントが体を包み込んでいる。
もしかしたら、飴と鞭作戦で弱っているところに暖かく手を差し込んで漬け込み、情報を喋らせようとする手のなのかもしれない。
(まぁ、なんにせよ死ぬ前に少しいい思いが出来るに越したことはないな。これで熱い風呂とあったかい飲み物が出てくれば最高だけどなぁ)
まぁそんなことはあり得ないと心の中で笑うが、もしかしてと少し期待しながら独房を後にした。
玉座の間へ再び戻ってくると、ライヤはがっかりした。
稼動しだした脳みそは、座り心地の良いクッション付きの肘掛椅子と湯気が出るほどあたたかな食事を想像していたのだが、そんなものはどこにもなかった。
落胆して四つの玉座が並ぶ方へ目を向けて、電気ショックを受けた様に一瞬目を見開いた。偽フランチェスカの玉座だけがぽっかり空席になっている。
(こりゃバレたな。もしかして殺されたか?報告書は…)
素早く視線を走らせ王族の膝の上に歴史書が乗っていないか警戒するが、騎士も再度集まった告白証人も誰も手にしていない。
「来たか」
国王が真っ先に声を掛け、もっと近くによるように指示をした。
近づけば、2〜3時間前までライヤの真正面の独房に入ってすすり泣いていた少年が、青い貴族服に身を包んだ人物の隣に立っているのが見えた。
「よぅ、お前も出られたんだなぁ」
なんだか仲間意識を感じて声を掛けると、こわごわと頷かれて何故かほっとした。どう見ても冤罪で放り込まれた齢馬もいかない子供が自分と同じように拷問に合っていなくてよかった。
動揺しかけた精神を紛らわせた直後、国王がライヤを見下ろして口を開いた。
「ライヤ・メルセルム。先程わが娘であるフランチェスカが偽物であったことが判明した」
ズバリ来たか、とライヤは心の中で苦笑した。
もしかしたら腹いせに公開処刑でもされるのかもしれない。その前に情報を引き出そうと図っているのだろう。
(もしやるなら街ン中でやってほしいな。それならまだ逃げ出すチャンスがある)
長年王国に潜り込んで立地を一人で地図をかき上げられるほど頭に叩き込んだライヤには、母国ミカイロウィッチ帝国の地理よりも王国の方が確実に詳しいと自負できた。
さっそくいくつかのルートを頭の中で描きつつ、ぼんやりと国王の話に耳を傾けた。
「そこでお前に言わねばならない」
厳しい顔をしてライヤを見る国王の顔はますますしわを刻んでおり、よくもまぁそんなにも思いつめられるもんだと関心してしまう。
「二重スパイになる気はあるか?」
そのしわだらけの国王が、ため息とともに言葉を吐き出した。