複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照6300ありがとう御座います! ( No.493 )
日時: 2015/04/20 21:18
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)

ミカイロウィッチ帝国ルート 067


 二重スパイにならないか、という言葉にびっくり仰天したのは自分だけではなかったらしい。
玉座の間のあちこちから「なんですって?」と驚きの声が飛び上がる。ライヤの側の赤毛姉妹も国王の言葉の意味が解らないという様に目を見開いている。
「これは命の取引だ、メルセルムよ」
ざわざわする人々を完璧に無視した国王は、ハンカチを握りしめた涙目の王妃ときつく口を一文字に結んだ王子に目を向けると、ライヤを値踏みするように眺めた。
「帝国の情報を洗いざらい喋り、わが娘の行方を吐け。そして我々王国の味方に付け。聞いたところによれば、たまに帝国の情報を売って小遣い稼ぎしていたそうじゃないか?」
(売ってたのはまぁ大した情報じゃないんだけどさ)とライヤは国王の言葉に脳内で捕捉をつけるが、国王の申し出は結構おいしい話であるため聞き漏らすまいと耳を傾ける。
「今度の情報にはわずかな金ではなく、お前自身の命がかかっている。こちらとしては拷問により吐き出させることもできるが、今は時間が惜しい。わが娘の安否がわからぬ今はとくにな…」
 国王の権力を振りかざした独断的なライヤへの提示に意を唱えようとする輩は、この言葉に沈黙した。
帝国のお転婆皇女と同様に、王国の正統派王女もやはり民に愛されているらしい。
女性陣も黙り込む様子を見て、単なる美しさの作り出す同情で人気を勝ち取るような偽善的な小娘ではなかったようだ。
「さぁどうするメルセルム。迷う時間さえこちらとしては惜しいのだ。今ここで決めぬなら、断ったとみなすぞ!」
 玉座の肘掛を思い切りたたいて国王が吼えると、耳元でライオンが吼えたかと思うほどの迫力があった。
気の弱いものがこの場に居たら気絶しかねないほどの威圧感にさらされ、ライヤは挑発して笑う事も忘れ、真剣な表情で剥された爪を見つめて眉を寄せた。
 おそらくこれが自分の人生を決める決定的な選択になるだろう。18にしてとんでもない人生の岐路に立たされたものだ。
ライヤが神妙な顔をして迷うそぶりを見せると、手首に繋がる鎖を握ったリリーが沈黙を破って声を響かせた。
「国王様、無礼申し上げることをお許しください。彼は信頼できません。拷問でさえ口を割らなかった者です。命惜しさに偽りの情報を吐くことがあると思えます」
姉の良く言った!という視線にさらされるリリーをちょっと恨めしげに見つめると、リリーは猛禽類のような鋭い目で、ライヤの心の内を透かすような視線を投げ返す。
男勝りで凛々しい姉と打って変わり、冷静で無口な雰囲気のリリーは見つめられると身ぐるみはがされて隠し事が出来ないような気分にさせる。
 居心地が悪くなり思わず目をそらしかけたとき、国王がそれも一理あると深く唸る。
「シェルレイド、そなたには深い信用を捧げている。国内反乱者の芽を摘み、国外から不法侵入した凶悪犯の刈り取りまでよくぞ国に尽くしてくれた。改めて礼を言う」
国王が久しぶりに親しみのこもった声をだし、リリーはぺこりと頭を下げた。
「しかしこれだけは譲れぬ。しかし、その情報が偽りと分かった暁には、そなたにこの者の処刑をまかせよう」
「お任せ下さい」
再び頭を下げたリリーの横で、ライヤは目をぐるりと回した。まだ何も言っていないのに、既に処刑人が決定されてしまった。おそらく断った際の拷問者もまた彼女なのだろう。
(断ったところで、苦しいのが延々と続くのはごめんだな)
帝国で受けたスパイになるための尋問訓練は合格するのがきつかったが、大切な役人を殺さないように手加減されていたんだなぁとつくづく思い知ったライヤはひりひりする指を見た。
水責めの前に二枚目の爪を引っぺがされていた為、左手に残る無事な指はあと三本しかない。このままいけば両手どころか足の爪まで引っぺがされるだろう。
爪が20枚すべてなくなった後の事を考えると、恐ろしかった。爪はぎの後に待ち受ける拷問は何なのか考えたくはない。


 「わかりました国王サマ。俺の命と帝国の情報を交換しましょう」
国王の顔に疑い深い表情と、それを越えるほどの満足感が広がるのが見て取れた。
「ではフランチェスカの所存と、帝国の狙いを話せ。他にスパイは居るか、そして帝国の勢力も言うのだ」
「仰せのままに」
面倒くさそうにお辞儀をしたライヤは、何対もの目が自分を刺し貫くのを感じながら口を開いた。
「フランチェスカ王女は帝国に向かっています。あなた方が考えた通り、昨晩の侵入は魔法剣フランベルジュと使えそうな魔導書を盗むことが目的でした」
ライヤの声が高い天井の玉座の間に反響し、その声をひっそりと大勢の観客が聞き漏らすまいと耳を澄ませている様子に、一人で聖歌を歌っているような気分になる。
 ライヤはもともと人の心をつかむ性質に長けており、簡単に信頼を勝ち取りカメレオンのように周囲に溶け込むことが得意だった。
嘘は息をするようにさらりと吐き、本当のことは相手が知っている情報を少しからめてやれば信頼度がぐんと増して信頼を勝ちとりやすくなることを、何となく本能で知っていた。
「しかしそれは二次的な目標で、本命は王女の誘拐です。魔法剣も魔導書も王女誘拐の目くらましにすぎません。偽物の王女を置いていく事で注意を二次的目標へそらしたんですよ」
「何たることだ!忌々しい…ワシの膝元で化かされるとは…っ!」
国王が歯噛みし、先を続けろと片手をはらってライヤに指図する。納得したようなぼそぼそとした細い会話があたりに漂う。
「つまり芸人から昨晩侵入した不審人物まで全てが帝国の手先です。もちろん、幻術師の兄妹も」
シランが歓声を上げて慌てて口を閉じた。シランの方を見ていた国王がライヤへ視線を戻すと、先を続けるように顔を上げた。
「その彼らを皆俺が馬車を使って樹海まで運びました。彼らは今頃樹海を一週間かけて安心しきって歩いている頃でしょうね」
ちらりと国王を見れば、国王は深海色の瞳に希望の光を点らせて立ち上がった。
「ならばまだフランチェスカは帝国内には囚われていないのだな?少なくともあと5日は猶予があるのだな?」
 これには誰もが息をのむように続きを期待して沈黙し、ライヤは即座に頷き、両手首から下がる鎖が床をこすってとぐろを巻いた。
「えぇ。しかし仲間の内一人は腹に大けがを負っていました。担架で樹海を超える為、もしかしたらもっと時間がかかるでしょう。獣を避けるために見通しの良い鉱山の付近を進むとしたら、2週間はかかるのでは?」
ライヤが小首を傾げながら指を折って日数を数えると、更に彼らは希望を取り戻したようだった。
確かに怪我をした人物は腹部を血だらけにしていたのを使用人が目撃した、と童顔少年が小声で言うと皆感心したようにライヤを眺めた。
 ライヤが次に口を開く前に、我慢できないという様に立ち上がったキールが、リレーナに上ずった声を掛けた。
「リレーナ!すぐにシュバルツに連絡を取ってくれ!海ではなくすぐに樹海の内部、鉱山の付近を捜索するように言ってきてくれ!——よろしいですね父上?」
付け加えられた言葉に頷きながら、国王が戸惑うリレーナに頷いて見せた。
「よろしい、リレーナよ、頼む。そしてそなたもまたあのワイバーンを用いて鉱山の付近を捜索してくれ。期待しておるぞ」
リレーナが小走りに出ていくのを見て、ライヤは微笑んだ。その脇でリリーがすぐに足首と手首の鎖を手に取り、警戒するようにライヤの側に立ち尽くした。
 「そして王女をさらう理由ですが、彼女を人質とすれば王国は降参するしか手がないからです。幻術で意識のない王女は自身が攫われたことも分かっていないンで、王国の魔術戦闘員を減らす意味も含めています。何せ王女の魔力は帝国一の魔女よりも高いらしいので」
国王がゆっくりと頷き、玉座に深く沈み込んで腕組みをした。王妃はハンカチを握りしめたままライヤをすがるように視線を投げ、王子は顎に手を当てて前かがみになっている。
「スパイは俺だけです。そして帝国の勢力は古い情報でしょうが—…」
 ライヤは自分がまだ帝国にいたころの帝国の勢力を話しながら、遠くに聞こえる鐘の音を数えた。全部で13回、もう真昼である。


ちょっと訂正