複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照6300ありがとう御座います! ( No.499 )
日時: 2015/05/05 22:45
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)

ミカイロウィッチ帝国ルート 070


 夕焼け空を見上げながら、シュナイテッター伯爵は途方に暮れていた。茜色に染まり、青い海とのコントラストがまぶしい中、浜辺の岩に脱力するように腰かけた背中へ、使用人がおずおずと声を掛けた。
「伯爵様…いえ、公爵様。もう日が暮れてしまいます。お屋敷へ戻られては…」
「構わん、お前たち、先に帰っていなさい…私はまだここに残る」
背後で困ったように使用人たちが目を合わせる気配がするが、シュナイテッター伯爵あらため、シュナイテッター侯爵は視線を海に投げたままじっとしていた。


 娘であるエドウィンが皇女のもとへ誘拐まがいの引き抜きを受けてから、もう何日過ぎ去ったのだろうか?例の舞踏会から皇女はぴたりとパーティを催すことをやめ、宮殿へ行った娘のその後も分からずじまいとなってしまった。その上皇族の使用人と通じていた最後の頼みの綱のリンまでが先日行方をくらませたため、この先どうしていいのやら途方に暮れるばかりだ。
 (シュナイテッター侯爵か…)
ほんの数日前に与えられた新たな爵位が、これ以上の深入りを禁ずるといいたげに皇帝から与えられ、口止め料とも誘拐料ともとれる多額の金が支払われ資産がさらに増えた。
そして皇帝がお触れを出したように、いままで協力的に娘の行方を探ってくれていた知り合いの貴族達も急にそっけなく捜索を打ち切ってしまった。
それでもしつこく頼み込むと、面倒くさそうにあしらわれ、別れ際に薄ら笑いを浮かべて皮肉を投げつけられた。
「そもそも嫌がる娘を無理やり舞踏会に連れて行ったのはアンタだろう?それにまた爵位が上がってよかったじゃないか」
本当は爵位を上げるために子どもを売りとばしたんだろう?と言いたげに笑われ、思わず殴り倒した貴族の事を思うと、今更ながらもっと尻を蹴飛ばしてやればよかったという気持ちと、これでまた一つエドウィンの行方を知る頼みの綱が切れてしまったという後悔が混ざり合い、重々しくため息をついた。


 頬杖をついて水色の目を紺色に静まって行く海へ投げつけながら、だんだんと深酒をしたようにやけを起こしそうになってくる。
帝王に連絡手段を抑え込まれているために、エドウィンから一切連絡が来ないのだと思う気持ちが、日がたつにつれて薄らいでいく。
もしかしたら今頃宮殿で日がな一日を好きなだけ絵を描いて楽しんでいるのかもしれない。
思えば頭ごなしに怒鳴りつける日々が多かった。ワルツの稽古をしろとか、もっと社交界にふさわしい話題に興味を持てとか、海外街にやることがまだあるだろう、と否定の日々が多すぎた。いい思い出というのがあまりない。
今思い返せばまるっきり金の亡者だった自分に憤然としたが、今こそさらに金や名誉が必要だった。
宮殿へ門前払いされないほどの階級と金があれば、エドウィンを連れもどすことが出来たのに…。
まだ打てる手はあるはずだ、とシュナイテッター侯爵はようやく岩から立ち上がり、海から目をそらした。


 父親と全く同じ表情で海を見ていたとはつゆ知らず、エディは宮殿の展望張りの廊下から、不思議そうな顔をしたレイへと視線を逸らした。
ゼルフがリンを連れて来た日から、かなり日がたったが、肝心のリンとは再会を果たせなかった。
「兄さんの恋人の事?」
新たに皇女からエディの監視役として命じられたレイが、ゼルフのようなオオカミを思わせる静かな瞳で尋ねてくる。
ここ数日行動を共にし、年齢も近いことから監視役というよりは気兼ねなく会話できる仲となったレイに、エディはうんと頷く。
「兄さんが言うには道に迷って直ぐ帰ったって言っていたけど…」
「リンにしては少し行動がおかしいと思う。宮殿を歩き回ったり、すぐ帰ったり…あたしに会いに来たならそんな行動取らないと思うのに。父さんの事とか、いろいろ聞きたいこともあったしまた会いに来てくれたらいいのに」
絵画と自由と家族を取り上げられた挙句、姉のような存在のリンとの会合を目先で取り上げられたエディが、しょげた様にぼやくと、そんなことは知らないレイはいろいろ忙しいのかも、と肩をすくめて歩き出した。
「兄さんに今度会ったら、詳しく聞いておくけど…今はミレアさんやシフォンさんと剣の訓練に忙しそうだし…」
レイとしては、広い宮殿で人が迷うことくらい当たり前だと考えていた為、それよりも先にやらねばならないことに話題を変える。
「それよりも、今日の魔術の練習、まだ終わっていないでしょ。だんだんと面白くなってきたところだから、早く訓練しに行こう?」
気分転換にもなるでしょう?と励ますように優しく言うと、エディはようやく頷いレイに追従した。


 「昨日は『ヴァスティン』を試してみたけど、とんでもないことになったから—」
まだ黒焦げの跡が残るぼろぼろの訓練場を見やりながらエディが言うと、レイが昨夜の出来事を繰り返さないように用意した大量のバケツを指差して大丈夫と頷いて見せた。
「アーリィさんは呪文しか書いていかなかったから、何が起きるかわからないけど…でもこれもこれで楽しいよね?」
エディが昨夜、不用意に唱えた炎の呪詛で大火災を起こしかけ、レイと共に必死に走り回りバケツリレーをして消火した出来事を思い返しながら笑うと、とんでもないという様に眉間にしわを寄せたレイが腕を組む。
レイは普段優しいが、怒るととんでもなく恐ろしくなるため、エディは慌てて話題を変える。
「でもやることがあってよかったよね?」
三日間に続くリン探しにくたびれて拷問部屋へと戻ってきた際に、机の上に呪詛が走り書きされた紙切れを見つけたのがエディとレイの魔術習得訓練の始まりだった。
エディよりもわずかだが魔術を習得しているレイが呪詛の走り書きである事に気付き、やることもないから魔術の習得を含めた戦闘訓練をしようと誘ったのだった。
「こういうこともできるなら、魔術って便利かもね」
思い描いた通りの優秀な魔術は理論を理解しないと使えないが、魔導書をたくさん読むのも遺跡を巡るのも時間を食うし、慣れと実践を重視するというアーリィらしいやり方に感化されてか、エディが弓を引きながら呪詛を唱える。
「『ケーレウス』」
ぱっと放った矢が空中で燃え上がりながら、的へと突き刺さる。簡単なことでは消えない炎が松明の様に辺りを照らしている。
「威力の高い呪詛でやれば、投石器くらいの威力はあるかもしれないね」
どうかな、というように振り向いたエディにレイも頷いてバケツ片手に矢の方へ歩み寄りたっぷりと水をぶちまけて消火した。
「それじゃあ、そろそろ始めようね」
振り返ったレイがバケツを投げ捨てて、目を光らせながら帯刀していた剣を引き抜き、油断なく構えた。
「もうやるの?」とそれを見て慌てたエディだったが、杖代わりの弓と呪詛のメモ片手に意気込むように構えた。
レイは剣で魔法使いを倒すための訓練を、エディは弓と魔術で剣士を倒すために、毎度簡単なお手合わせをしており、今日はいつもより早く戦闘訓練が開始されるようだった。


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