複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照7700ありがとう御座います! ( No.517 )
- 日時: 2015/09/29 20:54
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: A1qYrOra)
ミカイロウィッチ帝国ルート072
船から飛び降りるとすぐ、盗賊団たちは怪我人を従えたまま拷問部屋の奥へと急いだ。
リンの横たわる担架を絨毯の上におろすと、ヴィトリアルとアーリィはいくつもある扉のうち一つに手を掛けた。その扉は、盗賊団アジトと皇族の住まう最上階とを結ぶたった一つの階段通路である。
「俺たちは皇族サマんとこに報告に行くから、怪我人の手当てとか頼んだぜ」
「怪我人を診てて…」戦利品である王女を連れて出て行った二人の背中を見送ると、イヴが兄を肘掛椅子に座らせながら辺りを見回す。
「私…探してくる…」
「……」
イヴが立ち上がると、ウィンデルがその服の裾を素手で急いで握りしめてイヴを振り向かせた。
ぼくも探す、とドアと自分の顔を指差しイヴに伝えると、イヴはためらうそぶりを見せた。
湿ったパペットを両手で抱え込み、上目遣いで小首をかしげる仕草をすると、しばらく迷った後イヴも無言で頷いた。
「ウィンデルおま—」俺の妹に媚び売ってんじゃねぇ!と青筋を浮かべながら叫びかけたクウヤを無視するように、イヴはウィンデルを連れてさっさと出ていく。
「あーうるさい。鎮静剤でも飲む?」
迷惑そうに耳を塞ぎながら、ツヴァイも扉の一つに手を掛けた。拷問部屋へと続く扉を開け、クウヤをぞっとさせたが手にして帰ってきたのは鎮静剤と痛み止めだけだった。
もっともそれが安全かどうかは疑わしいけどな、と内心呟きながら、お菓子でもかじるように手渡された薬を口に放り込んだ。
できるだけニヤついた顔を見ないようにしながら、クウヤはシランと師匠の事を再び思い返した。
(王女が手に入った今、帝国は圧倒的に有利なはずだ。さっさと停戦条約かなにか結ばせて、シランと師匠を探しに行かないと…)
やっと消息を掴めたのだ。これを逃したらもう二度と機械は廻ってこないかもしれない。
薬の副作用化軽いめまいを覚えながら、腹部をかばう様にして椅子にもたれかかり、いつになれば願いが叶うのかと、もう何百度目かのこの問いを逡巡した。
「あら、やっと帰ってきたのね」
謁見の間の扉が開かれるとすぐ、シェリルが玉座の上から声を投げた。
退屈し切っていたところにおもちゃが転がり込んできたかのように、口元に笑みを浮かべている。その隣では帝王が押し黙ったまま彼らにじっと眼を注いでいる。
「いろいろと報告することがあるんですが…まぁ、一番気になるだろう戦利品から」
団長であるヴィトリアルが、フランチェスカを引っ張り歩かせ、玉座にさらに近づいた。
相変わらずの王女は微笑みを浮かべている。
「まさしくカメルリングの次女であるな…」
「この人があのフランチェスカ王女、ね」
閉じた瞳に生えそろう長いまつ毛や、腰に流れる薄茶色の髪に至るまで、人間であることを疑いたくなるほどの美貌に帝王でもさすがに感心したように唸る。目をつぶり微笑む彼女は、人形遣いが特別にこしらえた上等の等身大の人形に見える。
「直接話がしてみたいわ。言いたことが山ほどあるのよ、同じ立場の人間としてね」
同じ立場、と言いつつも小馬鹿にするような笑みを唇に浮かべるシェリル。その目にはなぜだか苛立ちできらめいている。
「それで、例の幻術師と魔導書、魔法剣の方はどうなったのかしら」
フランチェスカから興味を亡くしたように肩肘をつき、大きなリボンを揺らしながら報告をしなさい、と促すシェリル。
帝王も視界の端にフランチェスカを捕えるものの、敵国である王国の情報の方が勝ったようだった。
アーリィとヴィトリアルが顔を見合わせていったん頷き合うと、アーリィは謁見の間の扉に手を掛けた。怪訝そうにチビ魔女に視線を送りつつ、皇族達は黙ったままその様子を眺める。
「まずこれを」
その言葉でアーリィを追いかけていた視線が、ヴィトリアルの差し出した分厚い歴史書に注がれる。
その歴史書の正体は帝王もシェリルも百も承知のようで早速受け取るが、開いたまま渡されたそのページに視線を落とすと、解せないという様にぽつりとつぶやいた。
「…なにかしら」
時間が経過して酸化し黒ずんではいるが、それが血で描かれたものだとは見るに難くない。
しかしなぜそんなものが付着しているのかと、説明を求めているらしい。
「それはライヤの遺言ととってもいいくらいの情報が記されてる。その血絵文字のバケモノも、その一つ。アイツが—」
アーリィが扉から出て行った様子を横目で見ながら、ヴィトリアルはこれまでの事—王国の晩餐会の夜、樹海で迫ってきたバケモノ、ライヤの犠牲、王国にいるらしき小型のバケモノ—を説明しようと口を開く。
「あいつ等が帰ってくる前に説明を終えた方が混乱も防げるでしょうね。俺たちが帝国に帰ってくる間に起きたことは—」
謁見の途中で扉から出て来たアーリィを見て、扉の警護についていた近衛兵は困惑したような表情をした。深い緑の髪を腰まで流したその女兵はシェリルの護衛を任されているということで、名前は知らなかったが顔は何度か見たことがある。
しかしそれ以上の関係ではないため、アーリィとその女兵士は無言のまま目をそらし合った。
展望台の様に開けた見晴らしの良い窓ガラスに両手を張り合わせると、ルビーのように赤い瞳をきょろきょろと動かし目当ての物を探す。
おそらく探されていることを本能でキャッチしたのだろう、鱗を月に濡らしてうねるように夜空の奥からこちらへと、優雅に羽ばたきながらセイリーンがやってきた。
「なっ?!」
窓から巣に顔を押し付けているアーリィをひそかに眺めていたのだろう、女近衛兵がセイリーンを発見して驚きに声を上げた。
「心配ないわよ。あれはアタシの使い魔なんだから」
セイリーンにそのまま飛び続けるように指図すると、アーリィは再び謁見の間の扉を開く。
女近衛兵は扉が開いたままに保たれても、驚愕と困惑とで一瞬思考停止していた為、無作法を注意することが出来ずにいた。
「そう、それでライヤがこれを…」扉を開けるとちょうど要約した説明が終盤に差し掛かるところらしかった。開け放たれた謁見の間の扉へちらりと目を走らせる皇族は、少しぎょっとした顔をしたが叫びはしなかった。
「あれが例のバケモノとやらか」険しい顔をしながら国王が顎をしきりにこする。
焦った時や困惑した時によくする癖であり、さすがのシェリルも目を細めてどうしたものかと頭を悩ませているようだった。
「とにかく、王女が無事さらえてよかったわ」珍しく焦りを感じさせる口調でシェリルが顎でフランチェスカを差し、考えをまとめようと床に目を落とした。
「樹海で襲ってきたバケモノと、王国にいたバケモノ、きっと何か関連があったはずよ。… ライヤの事は残念ね。とても優秀に役目を果たしてくれたわ」
ため息を混ぜながら玉座を飛び降り、シェリルは靴音を響かせながら小型のバケモノをよく見ようと鞭を片手に窓ガラスに詰め寄った。
人好きのセイリーンでさえ一瞬たじろぐようなもの欲しそうな目で、じっくりと値踏みするように眺めるシェリルは、突然笑顔のまま床に鞭を叩きつける。
「シェリル様!どうなさったんです!」
絨毯が切り裂かれ、近衛兵がびっくりしたように声を上ずらせて尋ねるが、シェリルは笑顔のまま目をセイリーンから離さない。
そしてくるりと振り返ると、何事もなかったように鈴のなるような声で命令を飛ばす。
「治療はそろそろ終わった頃でしょう?早く王女フランチェスカと会話がしたいわ。ライヤがいないのなら、このお客さまに尋ねるしかないわ」
「はいはい、おおせのとおりに」
俺はもうコイツの相手すんのやだぜ、と言いたげにアーリィと目を合わせると、ヴィトリアルはアジトに向かって歩き出した。