複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照10100ありがとう御座います! ( No.537 )
- 日時: 2016/01/19 17:07
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: A1qYrOra)
カメルリング王国ルート 079
「では行ってくる」
ラルスと最後の抱擁を交わし、リレーナはワイバーンに跨って素早く夜の闇へと駆け上がる。
シュバルツと呼ばれる海賊に帰還命令を下しに行くのだ。そして、戦争の開幕も。
(船が戻ったら戦争が始まる…あと数時間後にはここから消えていなくなる人が沢山いるんだ…)
空の開け放たれた中庭から、ごった返す人々を眺めると悲壮感が押し寄せる。
今初めて顔を合わせた人も、目さえ合わせたことさえない人々も、戦争が終わった後には誰かいなくなっているかもしれないのだ。
せっかく同じ国に生まれて同じ空間にいるのに、関わり合いを持つ前に死んでしまうのだ。
(……)
こんなことを考えていたらきりがないと、ルークは人の波に身を任せた。すでにリレーナの見送りをしていたラルスやリリーたちを見失ってしまった。
家族同士の別れに水を差すのがためらわれて遠くから見送っていたせいもあるし、戦争に対する心構えの切り替えの早さに、歴戦の戦士と差があったせいでもあった。
「身支度が整ったものは、数時間だけ最後の挨拶に行くことを承諾すると国王様より賜った!」
ルークが中庭から城内に戻ると、騎士たちが廊下を走り回って大声で触れ回っていた。
「挨拶…」
そうか、家族にお別れを言わなくちゃいけないんだ。
騎士達は顔にうれしそうな色を浮かべて慌てて支度を終わらせにかかっている。
しかしながら会いたくてもルークの家族は王国郊外の樹海の側にいるのだ。馬を走らせても往復でへろへろになって、戦争に挑むどころではない。
「ルーク!」
家族に二度と会えない覚悟で上都してきたのだが、死に際にせめて感謝の気持ちくらい伝えたかったと物思いに沈んでいるルークに、背後からカルマが声を掛けた。
「どうしたの?」
カルマは両手にたっぷり巻かれた羊皮紙とインク瓶を抱えていた。若干句が零れてせっかくの白い学者服に染みを付けている。
「どうかしたかとはなにごとか」呆れた様にルークを眺めてカルマが口を開く。「家族に最後の挨拶をしにいかんでいいのか?確か家族がいたろう」
「僕の家族は郊外に住んでるんだ。だから会いたくても会いに行けないんだ」
肩をすくめてルークが言うと、カルマは同情する様にルークを眺めた。そして羊皮紙を差出、「それでは遺書組だな」とつぶやく。
「ここに家族への手紙をしたためれば、あとはメイドやら何やらが家族の元まで届けてくれる。きちんと宛先も宛名も忘れずに書くことだ」
書き終わったら手じかなメイドたちに渡せばいいから、とカルマは研究室の方へ歩いていった。
「遺書か…」長い羊皮紙を見下ろして何を書こうと悩んでしまう。伝えたいことは確かにあるけれど、どれも今際の際に言うような言葉ではない気がする。
でも、家族からすれば立派な別れ文句よりもたわいない言葉が欲しいはずだ。
死ぬ前に一目でも会いたかった。戦争が始まったら樹海の側は危険だし、どこかに移住して安全に身を潜めていてほしい。もし王国が滅んだときのことも考えて、僕に気にせず引越しをしてほしい。
書きたいことがまとまって来て、羊皮紙を引きずりながら書き物机を求めてルークは歩き出す。
書き切れるだろうか?羊皮紙を両手に手繰りあげてその長さを心配そうに見つめる。
どれぐらい書けば僕が死んだときに納得して、諦めがつくくらいのさようならが言えたことになるだろうか?
研究室の扉を開けると、ロングテーブルにカルマとリグ僧侶が座っていた。貴重な時間が過ぎていく中で、なんだか暇そうに見える。
「ん、どうしたのだ?」
頬杖をついていたカルマがルークに気付いてそのままの姿勢で声を飛ばす。リグ僧侶は世界の終わりが間近だとでも言いたげに、顔色が一段と悪くなっている。
「机を借りようと思って…」
おずおずと椅子の一つに腰かけ、くるりとした折り目のついた羊皮紙を肘で慣らしながらそっと二人の様子をうかがってみる。
二人ともやはり手持無沙汰で、たまに魔導書に手を伸ばしてはぺらぺらとめくっている。もしかしたら、そう見えないだけで戦いの前の精神統一をしているのかもしれない…。
羊皮紙にペンを走らせて、伝えたいことを書き募っていると、窓を震わせて時計の鐘が響いた。完全に集中したため飛び上がるほど驚いた。
気付けば一時間経過しており、羊皮紙も黒いインクでほとんど埋まっている。
ずいぶんと書いたなぁと、自分でも驚いて遺書を眺める。しかしもう書くことがないとはいえ、なんだか物足りない気分がずっと続いている。
「遺言書作成…終わったんですか」
はい、と返事して先程と同じ姿勢で腰かけるリグ僧侶を眺める。
「あの、二人は…遺書とか最後の挨拶とかいろいろと…もうしてきたんですか?」
羊皮紙のインクが乾くのを待つ間、ルークは思い切って尋ねてみた。
すると、カルマとリグ僧侶は顔を見合わせて同時に肩をすくませた。
「書く相手がまずいないわけです。生まれはここではありませんし。出家して僧侶となった今では、世俗とのかかわりは何年も前に立たれています」
「私も同じようなものだ。アルビノとして祖国を追われたため、家族もない。最後に見ておきたい懐かしい場所と言われても、この研究室で大半の時間を過ごしてきたし、リグ僧侶の場合は修道院が失われた今、私と同じ境遇なわけだ」
最後に顔を合わせるどころか、遺書を書く相手もいない、最後にもう一度行きたい場所も失われた人物たちが少なからずいることにルークは言葉を失った。
「さぁ、手紙は私が出しておくから、最後の挨拶に行ってきたまえ。時間を無駄にしてはならん」
そういわれて遺書をひったくられると、何か言う前に研究室から追い出された。
参照10100ありがとうございます!