複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照10100ありがとう御座います! ( No.538 )
- 日時: 2016/01/19 23:06
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)
カメルリング王国ルート 080
研究室を追い出されると、再び活気と緊張感の漂う賑わいが辺りに立ち込める。廊下には相変わらず騎士やメイドが駆け回り、時間が早回りになった気がして少し焦る。
「最後に見ておきたいところ…」
それはやはりあの一家だろう。
今は発注された発明品を大量生産するのにあくせく働いているだろう。邪魔になってはいけないと思いながらも、死ぬ前には第二の家族と言える彼らに会っておきたい。
夜の帳の降りた貴族街を下り、目当ての館の前で立ち止まる。明かりがこうこうと灯された館の庭で、大量の木箱が積まれている。
「ラグ、紅茶を頼むよ。そう、ミルク抜きのストレートでね」
積み木のように積まれた木箱の影で、懐かしい声がくたびれた様にラグに話しかけているのが聞こえる。
重い荷物を運んだせいで腰がいたいとブツブツつぶやき、背中を伸ばそうとするミルフィーユに、ラグが早速紅茶を盆にのせて戸口から出てくる。
柔らかい湯気が漂う紅茶は、とてもおいしそうに見えた。
「ミルフィーユさん、ラグ!」
「おお、ルーク君か。よく来たね、紅茶をどうだい?」
戦争が始まるというのに呑気そうに紅茶をすすめるミルフィーユと、素早くティーカップを新たに用意しておまけにクッキーまで持ってきたラグに、思わず頬が緩んだ。
「いただきます」
ケーキもすぐご用意いたしますよ!とラグが目を輝かせてキッチンに飛んでいき、木箱を簡易テーブルにして小さなお茶会が開かれる。
ただ、テーブルになっている木箱には不正に開閉された際に爆発できるよう起爆スイッチが付いているため、気が気ではないお茶会ではあったが。
ひとしきりたわいもない会話を楽しんだ後、ルークは2杯目の紅茶を飲みほして受け皿の上に置いた。
心のきり変わりが見えたのか、ラグはお代わりを継がずにミルフィーユと共に微笑みを浮かべたままルークを眺めた。
なんだか旅立つ友人を見送る、さみしげな微笑に見えた。
「僕、戦争に行きます。今日、出発なんです。もう、会えないかもしれません」
自分で言っておいて悲壮感も何も感じなかった。もう心残りはないというような、不思議な満足感があった。
「あぁ、さっきユニートやリリーがなんかそんなことを言いに来ていたね。世話になったとかなんとか」
「女将さんの所へもジョレス様やノイアー様、他の大勢の騎士様がたも挨拶に来ておられましたね」
ラグの言葉に紅茶片手に頷いて、まったく別れ際ばっかり馬鹿丁寧にあいさつなんかして、と少々呆れながら目を回した。
その言葉に声を漏らして笑い、ルークはそれじゃあ、と嘆息した。
「僕はもう行きます。すごく、楽しかったです…いままでずっと、ありがとうございました」
不思議な、ルークにはわからない表情を浮かべたミルフィーユとラグ。そのままの表情でルークの肩を力強くたたいた。
「幸運を祈ってるからね」
「ご武運を!そして、心ばかりですけどこのクッキーを持って行ってください!」
ラグが泣くまいと懸命に涙をこらえて袋に入ったクッキーを差し出す。つぶらな瞳には今にも零れ落ちそうなほど涙があふれていた。
「ありがとう。さようなら」
ラグの涙がこぼれる前に、ルークはクッキーを受け取って踵を返した。そして紅茶で暖まった息を吐き出して、シュタイン婦人に会いにさらに貴族街を下って行く。
去っていく小さな背中に目をやりながら、ついに泣き出したラグの肩を叩き、ミルフィーユも肩を揺らしてため息をついた。
弟子は行ってしまった。
「まぁ、最後の別れだとか言っているけどね。この国にも遅かれ早かれ戦火は飛んでくるだろうし、もしかしたら私たちの方が死んでいるかもしれないってことに気付いていないようだね」
涙で視界のゆがんだラグに代わり、ティーカップを盆に載せたミルフィーユは視線を落として呟く。
「でも気付かないままでいてくれた方がかえって戦争に集中できるし、私たちも安心できる」
「目を覚ましなさい、話がしたいの」
溢れるほどの幸福感が次第にかすんでいき、夢から覚めるように目を瞬きさせる。
幸せの余り零れた涙でにじんでいた景色が、瞬きを繰り返すうちにだんだんと形をはっきり現し始めた。
「ここは…?」
周囲を見渡したフランチェスカは、そこが見慣れた自分の部屋ではない事に気付いて不安げに手を組み合わせた。
共にいたリグ僧侶やキリエ牧師、ユニートの姿は見えない。
「あなたは…」
その代りに目の前に少女が足を組んで椅子に座っている。赤いじゅうたんがまんべんなく敷かれた空間に、そのほか見知らぬ組み合わせが幾人かおり、少女の座る玉座の隣で、父上ほどの年齢の威厳のある男性が座っている。
その頭に乗る荘厳な王冠を見て、はっと息を呑んだ。体をのけぞらせると、背中がどんっと何かにぶつかり、そこではじめて自分が幾重にも張られたシールドで囚われている事実を悟った。
「ここはミカイロウィッチ帝国よ。あなたは晩餐会の夜を経て、私の部下に宮殿まで連れてこられたの」
時間は無駄にはしたくないの、と言いたげに困惑するフランチェスカに答えを投げる少女。その答えを拾い上げるかどうかまでは面倒見ないわと、と答えだけを与えた少女はさっそく身を乗り出した。
「今晩はフランチェスカ王女。私はミカイロウィッチ帝国のシェリル・ミカイロウィッチよ、聞いたことくらいあるんじゃないかしら」
その名を聞いて、フランチェスカは身をこわばらせた。うすうす彼女の正体に気付いてはいたが、実際には名前を知っているだけでその姿を見たことはなかった。
しかし、風の噂で届く隣国の皇女の情報はしっかりと記憶されている。
戦ごとに興味を持ち、自らも鞭をふるって他国や自国構わず欲しい人材がいれば誘拐めいたこともするといわれている。
「遠慮なく言わせてもらえば、あなたは人質よ。そしてあなたに聞きたいことがあるの」
するりとムチを手に絡み付かせて、シェリル皇女はからかう様にフランチェスカを見つめた。
「あなたの王族としての誇りを傷つけるつもりはないわ。けれど、あなたが何も答えることがないのなら、残念だけど遠慮せずにムチを振らせてもらうわ」
ぞっとして体に震えが走るフランチェスカは、自分とは正反対の性格の彼女を見つめて半ば悲しげに憐れむような感情を覚えた。
(この国には平和を祈る神様はいないのでしょうか…)
城で過ごす時間よりも修道院で過ごした月日が多いため、フランチェスカの心の大部分は平和と平穏に占められていた。
祈り、人を大切にし、決して傷つけたくない。神に祈ることで得られる安堵と愛情を多くの人に与えたい。それが王家に生まれたのなら尚更、国民を愛し、幸せにしなければならない者の務めであると考えていた。
しかし目の前の皇女は簡単に武器をちらつかせ、相手から欲しいものを強制的に搾取するという噂の持ち主だった。
いったいなぜ、そのような行為に及ぶのか、フランチェスカには理解不能だった。
「わたくしも、あなたとお話したいことがあります」
フランチェスカは凛として顔を上げた。彼女と話さなければならな。戦争などくだらないことを、理解してもらわなければならない。
これはチャンスであると、フランチェスカはきつく指を組み合わせた。
神様から与えられた、最後の戦争を回避するチャンスなのかもしれない。平和を祈り続けた自分を試す時が、ついに来たのではないか?
「二人で、この戦争について対談しなければなりません」
フランチェスカが背筋を伸ばして王女らしく堂々と言うと、シェリルは馬鹿にした笑みを少し取り下げてほほ笑んだ。
「お父様、いいかしら、私も王女と話したいことがあるの」
二人の少女の瞳に射抜かれて、帝王はその場の最高権力者であるにもかかわらず、今まで纏わせていた覇気が急激にかすれて行くように見えた。
「有用な情報を引き出すのだ」
言って、帝王はマントを翻し、シェリル皇女をどこか懐かしそうに眺めて退出した。