複雑・ファジー小説

Re: さぁ 正義はどっち ? 参照10100ありがとう御座います! ( No.543 )
日時: 2016/03/12 01:34
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)

ミカイロウィッチ帝国ルート 077



 乱暴に扉が開かれて、ゼルフは首だけを巡らせたまま音のする方を見つめた。
切り立った崖の一角だけのために備え付けられたその扉を開ける人物は、大抵決まっている。
集中して剣の鍛錬をしたいゼルフの他にも、幾人かの人物がこの扉を開けるのだが、大抵はゼルフがここにいることを知って来訪する者たちである。
今回もそれは当たっており、妹のレイが扉から顔をのぞかせるようにして突っ立っていた。
 「レイ、どうした?」
 構えていた剣を下ろしながら尋ねると、レイはそのまま一歩も動かずにゼルフをじっと見つめたまま小さな声で何か言った。
崖下に打ち付ける小波のせいで聞き取ることが出来ず、ゼルフは剣を鞘に納めながらゆっくりと歩み寄る。
潮風にあおられて軽くなびく草を踏みしめてレイに徐々に近寄れば、廊下の明かりに照らされたその顔が不自然なほど硬直している事に気付いた。
たしかに表情が少し硬いところのある妹だが、今回は何か異常だ。
気遣うように眺めると、レイは伏せていた目を上げてゼルフを直視した。
 「…リンさんが怪我して帰ってきたの」
「え?」
「お腹にひどい傷が出来てた。手当てしてる最中だけど…兄さん…もしかしたら…」
(リンが怪我をした…ひどい傷…もしかしたら…?)
レイの顔をじっと見ながら、ゼルフは小さく絞りだす。
「リンは、今どこにいるんだ?」


 レイに導かれて開けた扉の先に、赤い絨毯に寝転ぶその姿が見えた。投げ出された身体には全く力が込められていない。
そんなリンの側にシュナイテッター家の少女と血の付いた白衣の少年がおり、こちらを見上げている。
「リン」
その横たわる姿に思わず嘆息しながら名前をつぶやくと、放り出されていた指がピクリと素早く反応した。
そのまま指が握り拳を作ると、かすかに震えながらリンが声を上げた。
「…ゼルフ」
天井を眺めたままのその横顔に、涙が幾重にも筋を作って転げ落ちた。
「わたし…」
涙声で震える声に反応して、ゼルフが歩み寄ってしゃがみ込むと、小さく手を伸ばしてきた。
それを受け取ってリンの疲れ切った生気のない顔を見ていると、リンが再び弱弱しく口を開いた。
「ゼルフと…お話しても……」
「…立ち上がったりとか、大声でわめくとか、腹部に力を入れなければ、傷は開かないから」
最後まで言わせずに白衣少年が立ち上がって頷くように言い、ゼルフとリンを一瞬気の毒そうな目で見つめた。
そして目をそらすように本を拾い上げると、伯爵の娘を立ち上がらせ「ボクたちは外に出てるから」と退出していった。


 「ありがとう…ございます…」
リンがかすれた声でお礼を言うと、扉の側で立ち尽くしていたレイも目を伏せて何も言わずに退出し、部屋には二人だけになった。
部屋に誰もいなくなると、リンのか細い呼吸音に嫌でもきずかされてしまい、ゼルフの心は沈み込む。
「頑張ったんだな…」
片目に掛かった髪をやさしく払いのけてやりながらゼルフが呟くと、リンは弱り切った眼に笑みを溜めた。
「はい…わたし…がんばって…」
笑った拍子に再び涙がこぼれるが、リンは微笑んだままつづけた。
「帰ってくる途中…なんども…もうダメだとあきらめかけたけど…でも」
いたわる様に見下ろしたゼルフの手をリンが力強く握りしめ、ゼルフも握り返した。
「でも、頑張って、耐えて…死ぬ前に、もう一度…一目だけでいいからと…」
「…大丈夫だ。傷が癒えるまで安静にしていれば…」
リンを落ち着かせようと、頬を撫でると、リンは首をゆっくりと降った。
そして何も言わずに、黙り込む。
「リン?」
心なしか微笑みに陰りが見えるような気がする。たまにある、リンの自分の身よりも誰かを優先する癖が出る時の笑みに似ている。
リンのその笑顔が自分に向けられるたびに、リンが犠牲になる必要はないといい続けてきたが、リンは口では承諾するものの、もとからの気質なのだろうその笑顔をたくさんの人に向け続けた。
「また何か抱え込んでいるのか…」
「ほんと、ゼルフには…隠し切れないみたいで…」
すまなさそうにかすかに笑うリンは、言ってみろと催促すると、悩んだ末に頷いた。
「黙っていても…いずれわかってしまうし…わたしは魔法でも治せないほど、重症だって…なおせないって…そう、お嬢様たち、はなしてたの」
「……」
「今はお嬢様に…傷を閉じて貰ったけれど…閉じた傷が治ることはなくて、動けばすぐ傷は開いてしまうって」
一気に話したリンは、目が回ったように一度呼吸を整えてから天井をじっと見上げた。
健気に話しているが、やはり会話するだけでも体力をかなり消耗しているらしい。
「それに…こうして喋るだけなのに…少しずつ目が回ってくるの。たぶん、わたしはもう…」
喋り続けた影響だろうか、リンの顔色が少しずつわるくなってきている。その様子は、数多の戦火を潜り抜けてきたなかで見てきた命の消えかかる人々とだぶった。
「…大丈夫だ。側にいるからな」
瞼の裏にそうして死んでいった仲間たちを思い出しながら、ゼルフはリンの手を握って安心させようと、ちいさくつぶやいた。




おまたせいたしました!
ようやくの更新です!
参照11000越えありがとうございますっっ
久しぶりすぎてゼルフさんに話しかけるリンさんの口調が、敬語だったか普通だったか忘れてしまってましたw