複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照11200ありがとう御座います! ( No.545 )
日時: 2016/03/13 15:26
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)

ミカイロウィッチ帝国ルート 078



 父が扉を押して出て行くと、シェリルは玉座からゆったりと立ち上がった。警戒する様に見上げるフランチェスカのそばまで来ると、目を合わせるようにしゃがみこんだ。
意外と意志の宿る深海色の目を見つめて、自分自身と同じ王家の育ちなのだとやっと実感する。
平和平和と馬鹿みたいに祈るだけで煮え切らない王女の噂ばかり聞いていると、王族の職務放棄をして修道院で隠居生活をしたいだけの無責任な臆病者としか評価できなかったからだ。
「あなたは高い魔力を持っていると聞いたわ。手出し無用で会話を進める為にあなたにはそこにいてもらうけれど、かまわないかしら?」
「構いません」シェリルの空色の瞳を見つめ返し、フランチェスカは目をそらさずにこくりと頷いて承諾する。
「わたくしも、暴力沙汰は好きではありませんから」


 その言葉に笑みを消し去ったシェリルは、空色の瞳に再び苛立ちを宿らせた。
舌打ちこそしない者の、無性にムチで床を叩きつけたくなる。
長い付き合いでシェリルの苛立ちを察知した壁際のヴィトリアルが、眉を寄せてゆっくりと距離を置くようにさりげなく移動するのがわかる。
しかしムチの柄には手を伸ばさずにフランチェスカにしゃべりかける。
「暴力、ね。修道院にこもっていた間、魔術を習得していたと聞いたけれど、ガセ情報だったのかしら」
挑発するように上目づかいで笑いかけると、フランチェスカはすっと深海色の目を細めて少し顔をしかめる。
「わたくしが修得した魔術は治癒の魔術です。それに、攻撃魔法を修道院で習得するなど、神への冒涜です…!」
心外だとばかりに少し声を荒げ、きっぱりと言い切るフランチェスカ。しかしその言葉は更にシェリルをイラつかせるだけであり、シェリルは声を落として囁く。
「神様ですって…あなた修道院に籠っていた間中、神様に祈ってただけなのかしら」
シェリルの馬鹿にしきったその言葉に、フランチェスカも負けじと囁き返す。
「平和を願ってこそ、わたくしの魔力を治癒にささげたのです。わたくしは戦争事…人をさらうことや誰かを武器で傷つけることが宗教的にも法的にも倫理的にも許されるとは思っていませんから」
軽蔑しきった互いの視線が交差し、会談は徐々に口論へと形を変えてゆく。
「私は武器を捨てて民を見殺しにしていく方が、王族の務めから外れているようにしか思えないわね。結局のところ、誰かを守るためには別の誰かが犠牲ならなければならないのよ」
侮蔑の視線を投げながら言うシェリルに、そこで弾けるようにはじめてフランチェスカが目を見開いた。
「よくもそんなことが…!命をなんだと——!!」
「おろかねあなた」
柔らかな声が怒りを帯びて部屋中に響き渡るが、それをあっさりと愛らしい声が断ち切る。
ため息を吐き出しながらつづけられる言葉に、フランチェスカは耐えきれないという様に小刻みに震えている。
「戦うこともやめて抵抗する際の暴動も禁止、平和を祈りましょう。怪我をしたら私が治してあげましょう…あなたのしていることはこれよ。あなたのしていることこそ、命の無駄遣いね」
「ではあなたがやっていうことは正しいというのですか?無理やり連れ去ってきた人物の命を犠牲にして、冷戦も無視して他国の民の命までも危険にさらすことが—!」


 我慢できないと声を荒げるフランチェスカに、怒気を含ませながらシェリルも反撃する。
壁際に立つ人物たちはひっそりと息をひそめ、事の成り行きを見守っている。
そもそも敵国同士の王族が笑い合いながら語り合う事などできるはずがないのだ。
そこに邪魔立て無用、息をひそめるほかはない。
 「自身の国民を一番に考えるなら」
お互い前のめりになりながら顔を突き合わせ、一歩も引く気などない態度で口論、もとい会談はようやく終盤に差し掛かりかけた。
「早く降参するのね。そもそも、例の鉱山の所有権争いから始まった戦いがここまで発展し、4年前の大戦が起きたときも、平和音頭を謳っていたあなたは殺されていく人々を救えなかった、そうでしょう?」
黙り込み怒りに満ちた王女に、先程までの興奮を冷ましながら落ち着いた声でつぶやく。
「それはあなたが王位第二位で、さらには今まで戦政治に関与しなかったから、戦争を止めてと首を突っ込んだところで無視されていたのよ」
「……」
 目を伏せた王女の反応からして、戦を止めてくれと頼んだがその願いが跳ねのけられてきたに違いないと容易に察知できる。
彼女の心のどこかには、確実に戦争をする父親に足しての不満が植えつけられているはずなのだ。
「けれど今あなたはこの長い戦いの最中にいるわ。あなたの声がそこに終止符を打つことが出来るのよ」
もしろんと追い打ちをかけるように微笑んだ。
戦争を止めることが出来る、という誘惑に明らかに迷いを生じさせた王女に、シェリルは心の中で笑う。
拉致してきた人物の抵抗を誘惑にかけて取り払い従順にさせる、これではいつものルーチンワークではないか。
「もちろん、カメルリングは敗戦し痛手をこうむるでしょうね。けれど、あなたに免じて、その負担を減らすこともできるわ。なにより、戦争をはじめないということにおいて、死人が出ずに戦争を終わらせることが出来るのよ」
 どうかしら、と微笑むシェリルに、フランチェスカが何か言いたげに顔を上げた。