複雑・ファジー小説

Re: さぁ 正義はどっち ? 参照11200ありがとう御座います! ( No.548 )
日時: 2016/03/13 18:31
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)

ミカイロウィッチ帝国ルート 080



 手紙を書き終わると、一つを彼の忠実な執事に手渡し、ひとつを内ポケットへとしまい込む。
これで、自分の身に何が起ころうとも、財産の分配は正確に行われるだろう。
書斎を出て、廊下を進む。赤い絨毯の奥に見えるその扉は、長い間閉ざされたままだ。
死んだ妻の部屋のノブを握ったのは、いつが最後だろうか?
ひっそりと静まった館の中、誰も見ていないことを確認してから、シュナイテッター侯爵はそっと扉を開けた。
扉を踏み越えれば、きっと立ち込めるほこりにむせ返ると持っていたが、掃除が良く行き届いている。
メイド達が主も来訪者もないこの部屋をきちんと掃除していたらしい。

 他の部屋と比べてこの部屋は粗末な調度品でできている。壁に並ぶ質素な家具は結構な安物で、棚の角は削れてささくれが飛び出している。
シュナイテッター家がまだ爵位もなく、ささやかなただの商人であったときのままである。
そのささくれを目で撫でながら、壁にかかる絵画に目をやる。
幼かった娘が描いたもので、そのうちの一つは侯爵と妻の肖像画であり、あの年齢でよくもかけたものだと今更ながら驚いてしまう。
肖像画から目を落とし、部屋の大半を占めるベッドを見つめる。
妻は病に倒れてからはそこにずっと寝たきりになり、ついぞ立ち上がることはなかった。
シーツを撫でると、妻が寝ていた跡が刻みついている。
ベッドの側のキャビネットには拡大鏡がおいてあり、燭台の明かりに暖かく反射している。
死の床についてから死の間際、視力が弱まっていった妻は拡大鏡なしに手紙を見ることが出来なくなっていたのを思い出す。
小さく妻の名前をつぶやいて、拡大鏡を手に取った。持ち手の部分に黄色の絵の具で彼女のイニシャルが描かれている。
質素で病を見てもらうために金が必要だったこの時期、家じゅうの家財道具を売り払ってしまった。
そのせいもあって、妻を思い出させる家具の多くが妻の部屋からも複数消えており、あれから何度も惜しいことをしたと思ってしまう。
 妻が死に、原因不明のこの病から娘を守るためにと必死で働き続けてから、この部屋にはよりつく暇がなく、そして爵位が上がるたびに改築してきたこの館。
妻の部屋だけが寂しく取り残されているように見えた。

 一時間ほど呆然と妻のベッドに腰かけていたが、さらにもうひとつ主を失った部屋へと訪れる為にこの部屋を後にする。
娘の部屋は改築によって妻の部屋よりもかなり広くなり、調度品もランクがかなり上がっているものの、使うものいなくなった今は、妻の部屋同様の寂しさが漂っている。
大切にベットの下に隠されているのは、油絵を描くための一式。以前食事や生活全般の作法を習得させるためにつけた家庭教師から脱走することがあり、その際にいうことを聞かせる為にと絵画のセットを捨てたことがあった。
その時の大喧嘩を思い出し、苦笑を浮かべる。
喧嘩の思い出や一方的な指図しか思い浮かばないため、あまり娘の部屋には長いしたくはない。
けれど、今日の自分はその思い出に蹴りを付けようと思っている。
公爵は後ろ手に扉を閉めて、振り返ることなくミカイロウィッチ宮殿へと歩みを早める。
宮殿におしかけるなら、夜に限る。


 宮殿にはいくつかの抜け道があることは、既に知っていた。
正面から入るには心臓破りと言われるほどの坂を上るしかないが、海からやってくる船を受け入れる小さな門や、宮殿の鍵守が使う小さな入口もある。
海岸沿いを歩き、徐々に険しくなってくる岩を慎重に降りたり登ったりする。白波が闇の中から突然かぶさって来てたり、コケでぬめる岩に革靴が滑って転落死しそうになる。
フジツボに引っ掛けた傷をかばいながらも、時間をかけながら宮殿の秘密の抜け道へと徐々に進んでいく。
娘の情報を求めてこの区域を網羅する酒場の情報屋たちに大金を払い、宮殿の進入路についての情報を買ったとき、この計画を実行に移す時が来たと思ったのだ。
宮殿に乗り込み、娘を連れ帰って財産を抱えて安全地帯にまで逃げて生計をたてなおすこと。これが最高のシナリオであったが、最初の難関が宮殿には簡単に侵入などできない点だ。
そこを突破するヒントが与えられたとしても、生きて帰れる保証など十中八九ない。
けれど、なにもせずにいるよりはと、一抹の希望にかけて断崖を危なっかしげにわたっているのだ。

「…まずい」
空が白んできてしまった
こんなはずではなかったのに。もう少し早くに隠し扉にたどり着いていなければならなかったうえに、早朝の冷えた空気の中、その塩害を受け付けない石の扉の前には兵士が立っている。
「見張り番はいないんじゃなかったのか…」
あのガセネタ売り野郎めが、と悪態をひとしきりつき終わるが、しらけてくる空を見つめてどうしようかと心細くなってくる。
ここまでやってきたのだが、見張り番の兵士がいるとなると、話は違ってくる。
断崖を突破したため、た年齢の割に体力には自信がるが、さすがに兵士には勝てる気がしない。
護身用に購入したナイフを握っては見る物の、突撃がためらわれた。
しかし持ち物と言えばナイフ以外には武器になりそうなものがなく、歯がゆいまま時間が過ぎて行く。

と、ふと頭上の兵士たちが何やらざわめき始めた。
ばれたのかと焦って顔を上げると、海を指差し、そのうちの一人は目に双眼鏡をあてがっている。
どうしたのだろうかと、霧の立つ薄暗い海に目を向けるが、何も見えない。
今日は天気も悪く、雨さえ降り出しそうなほどの曇天だ。
しかし、一瞬だけ霧がふわりと風になびき、ぼんやりとしたシルエットが肉眼でもはっきりと見えた。
「船…?あの船がなんだと…」
つぶやいた侯爵は、だが戦慄し始めた兵士たちの声を聴いて目を見開いた。
「カメルリングの船が攻めてきているぞ!早く知らせろ!!」



ブラウザバックして書いてる内容消えたかとヒヤッとしましたが、
何とかバックアップしてくれて一安心…