複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照11200ありがとう御座います! ( No.552 )
- 日時: 2016/03/17 20:28
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)
カメルリング王国ルート 082
”これは月下美人と言うんだ。ツバキにぴったりな簪だろう?”
懐に大事に大事にしまいこんでいた思い出の品を取り出して、ツバキは燭台の明かりにそれを翳した。
赤く燃えるような、それでいてどこか寂しげなヒガンバナの簪が、炎の色を受けて怪しく透き通って一層その美しさを際立たせている。
これはツバキの大事な宝物だった。大切にしすぎて、まだ身に着けてもいない。
まだ和の国にいたとき、もうじき成人式を迎える年齢のツバキにと、幼いころから慕っていた工芸細工の跡取り息子が贈ってくれたものだった。
その頃から好きだったヒガンバナの華を模した髪飾りに、早く身に着けて見たくてたまらないツバキだったが、成人式のその日までぐっと我慢していた。
”成人式の前に旅立ってしまうんだろう?残念だな、ツバキのはかま姿はさぞ美しかろうに。”
和の国の伝統工芸品であり、西洋の直接的なギラギラした眩さとは違う、闇に咲く一輪の花のような、その一見目立たないのだが存在に気付いた時一瞬で心奪われるような、そんな不思議な魅力を持つ簪。
それをめでたい成人式の儀に付けることを楽しみにしていたのだが、ツバキはその前に和の国を後にすることを決意した。
その決意を知らせると、きれいな簪を結った友人もあの人も、ひどく残念そうな顔をした。
”何もそんなに急いで渡らなくともいいのに。せめて俺達の婚姻式に友人代表として足を運んでくれればいいのだけどなぁ。”
「……」
西洋へと渡り、異国の地で成人の年を迎えたツバキだったが、ついぞその簪を身に着けることが出来なかった。
傷つかないようにとビロードでくるんで懐に大切にしまい込んでいるつもりが、いつのまにかその簪を手に取る回数が減り、目で見つめることもなくなった。
和の国を発ってからさすがに海を隔てての文通は不可能だったが、きっとあの二人は元気に幸せに暮らしていることだろう。
もしかしたら、これだけの美しい品を作ることが出来るのだから、有名な工芸者として名が通っている頃かもしれない。
何年振りかに戒めを解いて見直した簪は、今でも褪せることなくその輝きを放っていた。
懐かしく、淡く、もの悲しそうに、揺れる炎を屈折させてほんの少しツバキの心を癒すその簪。それを手に、鏡の前に立ってみる。
艶めく黒髪をかき上げて結い上げると、その簪を髪に刺そうとして手を止めた。
鏡の中から見つめ返す自分自身を見て、えもいえぬ気分に浸り、結局両手をぱたりとおろしてしまった。
そしてそのまま簪をビロードにくるむと、鏡に背を向け自分と目を合わせないようにしながら、再び大事に懐にしまい込んだ。
「あれ、ユニート、こんなところで何してんの?」
声を掛けられて振り返ると、ジョレスが小脇に相変わらずノイアーを抱え込んで突っ立っていた。
「はんなせ、このロリコン!私はシュタイン婦人のとこに行きたいんだ!」
じたばたと暴れるノイアーに目もくれず、ジョレスは周囲に目を向けため息をこぼした。
「改めて見るとほんっとにメッタメタになったよなぁ、ここ」
「そうだね。修道院があったとは思えない有様だよ」
王女のための箱庭だった修道院跡地は、襲撃事件から不思議な雰囲気の場所となっていた。
ところどころに転がる白亜の石柱や瓦礫の合間に、園庭だった中庭から派生した可憐な花たちがあちらこちらへと群生し、なぜか神々しい。
「俺はフランチェスカ様の最も長い間過ごされた場所を最後に見ておこうと思ってさ。あんたは?」
よっこいせ、と瓦礫の一つに腰かけると、無遠慮にたずねてくる。それにあきれたように視線を投げつつも、ユニートは瓦礫の合間を指差す。
星明かりを頼りにそちらに目をやれば、夜にもかかわらずつぼみの開いた花々の一隊が一部のみ見えるのがわかる。
「僕の使い魔はここの花が好きだったからね。最後の挨拶にと…」
目を凝らせば、見かけよりもずっと力持ちである妖精が、開いた花弁に顔を寄せて香りを楽しんでいる様子が見られる。
「あぁ、修道院襲撃事件の時はアイツが瓦礫をどかしたおかげで、大勢の命が助かったらな。あの小ささで力持ちって、不思議な生き物だよな」
うーうー唸るノイアーを小脇に、ジョレスが感心したように妖精の方へと数歩歩み寄る。
「?」
その足音に不思議そうに妖精、ハニーが顔を上げて、つぶらな紫色の瞳でジョレスを見つめる。
「なんだこれ!生きているのか?」
そこではっと気づいたようにノイアーが目を見開き、腕をばたつかせてハニーをとっ捕まえようと手を伸ばす。
ハニーは自分にむかって伸ばされた腕ををひょいとにぎると、ノイアーを抱えていたジョレスごとひょいと持ち上げ、花の咲いていない草だまりに柔らかく放った。
「なんだコレ、今なにがおきたんだっ」
放られた勢いをそのまま生かしてジョレスの腕から逃れたノイアーは、素早く立ち上がって仰天したように小さな妖精を凝視する。
ハニーは気にも留めないようで、今まで二人が立っていた場所に何やら囁きかけている。
しばらくすると踏み固められた草の合間から、新しく芽が吹き出しつぼみが優雅に花弁を広げた。
「ハニーは力が強いだけじゃなくてね、花も自由に咲かせられるんだ。この能力のおかげで、僕は珍しい花を売り歩きながら旅費を稼いでたんだ」
瓦礫から腰を上げてほこりを払うと、ハニーが羽をはばたかせて近寄り、魔導書にしがみついた。
「ハニーは結構かわいらしい姿をしているからね、マスコット的な感じで客寄せもしてくれたから旅行中もひもじい思いはしたこと無かったかな」
感謝する様に桃色の柔らかな髪を撫でると、嬉しそうに目をつむる小さな妖精。
「おまえ花屋だったのか。ずいぶんと女々しい職業だったんだな」
「ロリコンに言われたくはないね」
その様子を険しい顔で眺めたジョレスが言い放つが、ユニートもぎろりと彼を睨んで減らず口を叩く。
「若々しく初々しい、しわもシミも癖もない少女が好きで何が悪い?」
「…それシュタイン婦人の前では言うなよ?」
けれどけろりと開き直るジョレスに、コイツはもうダメだと頭を押さえつつ、「最後には絶対シュタイン婦人の肉を食うんだ!」と喚くノイアーを先頭に、仲良くシュタイン婦人の元へと歩き出した。
江戸時代、男性から女性へと簪を送るのはほぼプロポーズだったとされるらしいです…が、ツバキさんの場合ただのプレゼントでした…残念ッ