複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照11900ありがとう御座います! ( No.557 )
- 日時: 2016/05/02 15:09
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)
カメルリング王国ルート 084
各々の最期の挨拶が終わる中、ラルスは一人中庭で、最愛の妻が空から降りてくるのを待っていた。
誰も邪魔する者はおらず、ラルスの干し草色の瞳はじっと黒に塗りつぶされた空一点に集中している。
風にかき上げられる髪を片手で抑え、ほんのり暖かい風に目を細める。
額に指輪の感触がして、手を下ろしつつ城からの明かりにかすかにきらめく飴色の指輪を眺める。
それはリレーナとの結婚指輪であり、彼女の薬指にも同じようにはまっているものだ。
(この指輪をはめてから、まだ一年も経ってないな…)
ラルスとリレーナが結婚したのは、ようやく大戦が落ち着き街の復興も収まってきたころだった。
けれど新婚と呼べるよう生活は全くと言っていいほど皆無だった、と思わず苦笑する。
唯一それっぽいといえるのがエルシュノートへの小旅行であったが、リレーナがワイバーンを拾ってくるという珍事のせいで旅は早めに切り上げられてしまった。
(終戦してようやく落ち着いた暮らしに戻ったと思っていたが…こんなにすぐ冷戦が破られるなんて…)
指輪を撫でながら再び空に目をやると、城に灯された明かりを、何かが濡れた様に反射させているのが見えた。
得体の知れない光景に一瞬ヒヤリとしたが、ワイバーンの細やかなうろこが放つ光である事に気付き、少し安堵する。
「リレーナ!ここだ、ここ!」
カンテラを振りかざしてリレーナが無事に降りてこられるように誘導灯の代わりになりながら声を張り上げると、リレーナは軽く手を上げて頷いた。
そして生暖かい風を巻き起こしながら着陸すると、ワイバーンの額を軽くなでてこちらへと歩み寄ってきた。
「ただいまラルス。さっそく国王様に謁見を願ってくる。あの仔を頼む」
「おかえりって—」
ずかずかと歩み寄り、頬にキスするがてらラルスに手綱を素早く押し付けたリレーナは、そのまま振り返らずに庭を後にする。
「……」
そんな後姿をあっけにとられながら見つめたラルスは、ぐるぐる唸るワイバーンに目を向けてため息をついた。
姉さん女房をもらった者の宿命か、単にリレーナの方が自分よりも一枚も二枚も上手なのかはわからないが、またしても上手く翻弄されてしまった。
「よくこんな得体の知れない生物に乗って飛べるなぁ…」
牙がずらりと並ぶ口元を見ると、仲良く連れ立って散歩の様に歩くよりも剣を抜いて警戒したくなる。
ワイバーンもそんなラルスの心境を察知するのか、目を細めてラルスをじっと睨んでいるように見えた。
そんなラルスを後に残したリレーナは、今しがたシュバルツの船や彼の仲間の船乗りたちが手近な浜に集まってきていることを報告しに階段を駆け上がっているところだった。
謁見の間は開かれており、長い紙の束をかき集めてなにやら国王に報告する人々であふれていた。
国王は択一頷いていたが、リレーナの姿を認めるとすぐさま彼らを下がらせた。
「リレーナ・メルニウス!よくぞ戻った!」
「はい、国王様、ただいま戻りました」
頭を下げ、黄緑味の強い瞳にこぼれる赤毛を指で払うと、リレーナは報告を開始した。
「シュバルツ・ブラックロー一派の船がここよりほど近い浜に集合を開始しております。その船に乗り込めば、明日の早朝に帝国に奇襲をかけられるでしょう」
「うむ、でかした」
リレーナの言葉に満足げに頷くと、国王は玉座から立ち上がり周囲を見渡す。
すぐさま伝令係が飛び出してきて、国王の前に跪いた。
その様子に目に穏やかさをたたえた国王は、そのままの表情で告げた。
「では、ただちに号令をかける。皆に伝えよ、直ちに船へと急ぐのだ」
穏やかな開戦の言葉を受けて、伝令係やその場に居合わせた者たちは国王の顔を同じ表情で盗み見た。
国王は深海色の目で表情一つ変えずに、穏やかな顔のまま頷いた。
誰もが息を殺しながら静まり返る中、「仰せつかりました」と伝令係は頷いて急いで飛び出していった。
「発明品の箱詰め作業も急いで荷馬車に載せるのだ。遺書の管理も滞るな…よいな」
側近たちに声を掛けると、国王は玉座を降りてマントを軽くさばいた。
王妃はうつむいたように顔を伏せて、スカーフを握りしめている。その肩が小刻みに震えているので、泣いているのか、それとも涙をこらえているのだろう。
娘は帝国に囚われ、冷戦は破たんし、夫である国王も王の務めを果たさねばならない。そこまで考えると、ラルスと共に戦争に出て共に戦える私はまだ幸せ者なのだと、心の中で思う。
安全な場所で帰りを待ち続け、戦死の知らせを受け取る日を恐れ続けるなど、考えられない。
「リレーナ、ご苦労であった。そなたも下がるがよい」
「御意にございます」
家族を残して務めを果たさなくてはならない者同士、その心がわかるのか、リレーナとしては王妃と会話するよりも国王と会話する方が気楽でよかった。
「うむ。私も戦の支度をせねばなるまい。戦場での活躍をラルスともども期待しておる」
「お任せ下さい。いかなるところでも、私共がお供いたします」
国王の奥で、王妃がついに堪え切れずに涙を流す姿が見ていられず、リレーナは目を閉じてお辞儀した。
中世では国王は必ず戦争に出て行って、指示を飛ばしたらしいですね。
そのまま捕まって捕縛される王も、殺されてしまう王もいるそうです。
参照11900感謝です!!