複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照11900ありがとう御座います! ( No.560 )
- 日時: 2016/05/02 19:39
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)
ミカイロウィッチ帝国ルート 081
沢山の船が見る見るうちに近づいてくることに恐怖を覚えるどころか、むしろありがたいとシュナイテッター侯爵は手を揉んだ。見張り番の輩が慌ただしく報告に走って、見張り人は双眼鏡を目に押し当てたまま硬直している。
このまま崖をこっそりと登って背後をとれば、たやすく城内へとあ通じる扉へ入り込めるだろう。そうすれば娘のエドウィンを探して、混乱に乗じて亡命できるはずだ。
犬死する計画に思えてしょうがなかったが、最後の望みは神に微笑まれたかのように幸先が良いらしい。
呼吸を整えて、声を殺して崖をよじ登る。兵士から目をそらさずに体制を低くして扉までにじり寄ると、素早く身をひるがえして突入した。
城内にまで続くと思しき階段の通路は、いたるところに別の通路へとつながる階段が続く、アリの巣のような狭い空間だった。
どこへ行けばいいのか全く分からないが、前方から足音が聞こえてきたため急いで隣の通路へと転がり込む。そのまま身を伏せたままでいると、兵士だろうか、鎧をまとう一団がすさまじい勢いで過ぎ去って行った。
このままでは見つかってしまうが、かといって進まないわけにはいかない。息を調えるとたまたままがった階段をゆっくりと登り始めた。
「わたくしに…カメルリングの降参を求めるのですか…?」
悲痛さを隠そうともしない表情で、苦痛に満ちた柔らかな声が部屋によく通る。これはよい予兆だとシェリルは微笑む。
反感、苦痛、懇願。そして最後に救いの手。フランチェスカのようなタイプはイラつきはするけれども扱いやすい人間が多い。
彼女ももうじき落ちるだろうと、そう思っていた矢先の出来事だった。扉の前を固めていたミレア・クロスヒィルムが、何かに気付いたようにはっと息を呑んだ。
「シェリル様!」慌てふためくその大声が、フランチェスカの思考を妨げたようで彼女が大きく深呼吸する。
「なにかしら」
出来るだけ彼女に大きなストレスを与え続けたかったシェリルは、ちょっとした小休憩を与えてしまったミレアに苛立ったように目を向けた。
ミレアは失礼いたしますと一礼してからシェリルのもとに歩み寄り、他の誰にも聞こえないように囁いた。
「我が国の物ではない船が幾船も帝国の海上に侵入してきています。距離はかなり近いため、あと一時間もしないうちに上陸すると思われます」
「確かなの。もしや…」
カメルリング?と口の形だけで伝えると、ミレアもおそらくは、と頷く。
確認するために窓際にそれとなく移動すると、確かに海上には幾つもの船がまばらに点在している。他の者たちは気づいていないのだろうか。
(やってくれるわね)
心の中で悪態をつきつつも、この事実はフランチェスカには伝えてはならない。彼女が魔力を暴走させない理由は、彼女がただ単に平和主義であるからではない。誰も助けに来ないという絶望心から逃走すること自体を無意味と感じているからである。
(王国が乗り込んできたと知れば魔力の大暴走を起こすかもしれない。さすがにそれを起こされてはひとたまりもないわね)
しかし、と船に目をやりながらシェリルは唇をかんだ。
まずい時に王国が攻めてきたものだ。王女をはやいところどうにかしなければならない。
王女を立てにとって王国を屈服させるためには、王女自身の言葉で降伏を伝えさせねばならなかった。しかし、王女を縛り続けるには帝国一の魔女を縛ることになり、魔女を解放するには、逆に幻術師を縛ることになる。
どちらも主要な戦力で、こうも奇襲をかけられた際に最も動いてくれそうな駒が封印されると困る。
「いいわ、あなたはすぐに宮殿内に奇襲を伝えてちょうだい」
ミレアにそう伝えると、シェリルは踵を返してスカートの裾に手を這わせた。目当ての物を指に絡めたまま、フランチェスカの前まで戻る。
「どう、決心はついたかしら」
覗き込むようにフランチェスカに顔を近づけ、彼女が心底困り果てたような顔をするのをじっと見つめる。
「まだ時間はあるわ、考えていいのよ、答えが出るまで」
「あなたは—」
フランチェスカが怪訝な顔をしてシェリルを見曲げた瞬間、隠し持ったナイフを彼女の体に突き立てた。
「—!!」シェリルが素早く動いたことに最初驚いていたようだったが、体に突き刺さるナイフの焼けつくような痛みに声一つ上げられずフランチェスカは床に頽れた。
条件反射の様に放たれた彼女の魔力攻撃がシールドを破壊したが、何重にも張られたシールド全てを壊すことは出来なかったようだ。
なにがおきたか理解できないという様に弱弱しく閉じて行く目でシェリルを眺める彼女に、「ただの神経毒よ、解毒剤はあるわ」
優しく笑いかける。
「あなたの返事は、誰か別の人にしてもらうことにしたわ。その返事を私が気に入ったら、もう一度あなたとこうしておしゃべりできるわね」
フランチェスカが最後に何か言ったような気がしたが、彼女の意識は途切れたようだった。
それを確認すると、シェリルは立ち会っていた盗賊団に振り返り、告げる。
「王国が攻めてきたようね。戦争には必ず国王が来るわ。殺してきなさい。もしくは、戦力をそいだ状態でここへ連れてきなさい。彼女の返事の代わりをソイツにさせるわ」
三人—アーリィ、ヴィトリアル、クウヤは目を合わせると、小さくうなづき合った。