複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照11900ありがとう御座います! ( No.562 )
- 日時: 2016/05/02 21:31
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)
ミカイロウィッチ帝国ルート 082
「………」
血のしみついた床にへたり込んで、顔を覆うことしかできない。リンはあたしを救いに来るためにここへきて、皇女に魂を売ってしまった。
そして重傷を負って帰ってきたのに、あたしにはリンを救うことが出来ない。
何もしてあげることが出来ない。神様に祈って助かるなら、祈る。悪魔に魂を差し出して彼女が治るというのなら、差し出すのに。
「なんか上が騒がしいね。ボク、見てくるよ」
リンがどういうわけで王女のもとに加わったのかを説明した後、エディが再起不能なほどにダメージを受けたのを見て取ると、ツヴァイはそうつぶやいた。
しばらくレイがエディの肩をそっと撫でていてくれたが、やがて何も言わずに拷問部屋を出て行った。
「リン……」
一番つらいのはリンと、そしてゼルフのはずだ。あたしが被害者ずらしていてはいけない。
床に爪を立てて痛みで自分を奮い立たせようとすると、ふと、拷問部屋の隅の本棚に目がいく。
何か彼女のためにできることがないか、それを探さなくてはいけない。ないとわかっていても、何かしなければ気が狂いそうになる。
よろよろと本棚まで歩くと、本を引っ張り出した。どれも難しい医学書や、解剖図、薬品の不思議な記号が掛かれたものであふれていた。
とても理解できそうもないことしか書かれておらず、ページをめくるたびに悔し涙が出てくる。
「王国が奇襲を仕掛けてきたみたい」
そんな背中に、慌てて階段を駆け下りてきたレイが声を掛けた。
「—え?」
涙をぬぐいながら振り返ると、レイが肩で息をしながら拷問部屋を突っ切り、リンとゼルフのいる部屋を開けた。
「兄さん、ごめんなさい、王国が攻めてきて——」
くぐもったやり取りがした後、ゼルフが剣を抜いてレイのあとに続き、ふとエディに目を止めた。
悲しそうな瞳で、「リンを頼む」と告げると、ゼルフは答えも聞かずに階段を駆け上がって行った。
「待って…!」
その背中に本を放り出して声を掛けるが、彼らは止まらずにすぐに見えなくなった。
開け放したままのリンのいる部屋を見て、エディは呆然と立ち尽くす。
「リンが側にいてほしいのはゼルフさんなのに…」
リンから沢山の物を奪ってしまった自分に、どうしろと言うんだと、絶望感がまた色濃く心をつぶす。
しかし、開いた扉からはエディを呼ぶリンのか細い声が聞こえてくる。
その声は明らかに弱弱しく、声を出す事でお腹の怪我にも響くだろうに、何かをつかえようという一心でしぼりだされている。
遺言でも伝える気なのか、それとも最後に恨み言を伝える気なのか、どちらにしても、リンが何かを死の間際にどうしても伝えたがっているのがわかる。
けれど最後の言葉を聞く資格など、あたしにはないのだ。
「行ってあげないの?呼んでるみたいだけど」
その場に釘づけになって硬直するエディに、階段から降りてきたツヴァイが不思議そうに首を傾げてつぶやく。
「というか、こんな悠長なことしてる暇ないよ。レイから聞いたでしょ、王国がもうじき乗り上げてくるん—」
「リンを助ける方法はないの?」
言葉をさえぎって冷え切った言葉で尋ねると、リンの呼び声までが途切れた。
「ツヴァイは人体実験とか、沢山してきたんだよね。薬だっていろいろ作ってきたんだったら…、だったら…死にそうになっている人を助ける方法も知ってるよね?」
床に散らばる人体解剖図や資料の中に、何か一つでもいい、あたしにわからないリンを救う方法があるのならば、それに命だって賭けたい。
しばらく黙ったままでいたツヴァイは、本棚にしゃがみこんでひどく古い紙束を取り出して机に広げ始めた。
期待して見守っていると、折れた紙の角を指でこすりながら、ぽつぽつとつぶやき始める。
「ひとつだけずっと試したい実験があったんだ……これ」
指差された古い書面には、羊と人間が描かれている。バツ印が掛かれているものの、なにやら羊と人をつなぐ赤い線が見える。
それを指でなぞりながら、ツヴァイが目を伏せてつぶやく。
「皇女様にも頼んだけど、あまりにもたくさんの人が必要だからって却下され続けてきたんだ」
でも内緒で少しずつ試して、ようやく一つの仮説を立てることが出来たんだと、熱っぽくしゃべるのだが、彼が何を言っているのかが理解できない。
それを見て取ったのか、ツヴァイは一から説明しだす。
「今から何十年も前に、この拷問部屋を管理していたある人が、出血多量の人が生き続ける為には無垢な血が必要なのだと定説したんだ。そしてある一人の青年に、羊の血液を輸血した」
え、と声を漏らすが、次の言葉にさらに驚いてしまう。
「そして青年は息を吹き返したように元気になった」
でも、それじゃ駄目だったんだ。と羊の上についている×を指差す。
「何回目かの羊との輸血実験で、人が死んでしまった。では次、気を取り直して人と人で輸血実験を行った。成功すると思うよね?」
でも死んじゃったんだ、と紙の束に目をやりながらそうつぶやく。
「いくら人を変えて実験しても、なぜか血が固まってみんな死んじゃうんだ。だから、この実験は禁止され続けてきたんだ」
血のしみこんだ、一度は自分も座った机の上で、いったい何人の人々が実験台になったのだろうか?
研究の成果がまとめられた紙は相当古そうであり、そしてもう木の色ではないこの机もまた、相当の年季を持っていそうだ。
「ボクは人を殺すのが趣味じゃないよ。ただ、好奇心が抑えられなかっただけだし、沢山の薬だって、そうやった犠牲から生まれるんだ…」
肩をすくめて、白衣のポケットからラベルの付いた薬品を取り出す。
「実験を繰り返すうちに、血液が固まらないようにする方法を見つけたんだ。これを使えば、長い失敗記録を持つ輸血実験も成功に終わる」
掲げられた薬品瓶を眺めながら、エディは黙り込む。
「その実験はもう成功したの?」
尋ねれば、にやりと微笑まれる。
「何言ってるのさ、今からそれを試すんだよ。リンを助けたいんでしょ?協力してれるよね」
この輸血実験、実話です。
輸血医ドニが、羊と青年の輸血を実際に行い、(たしか)4人まで成功を収めました。けれど、五人目にして被験者が不幸にも死亡してしまいます。
そして国全体で禁止された人体実験は、ついに国を超えたある場所で、人対人で行われました…!
本当に精神的に参ってくるのはルークじゃなくてエディの方なのかもしれない・・・