複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照12000ありがとう御座います! ( No.563 )
日時: 2016/05/30 23:21
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: kphB4geJ)

ミカイロウィッチ帝国ルート 083


 ぜいぜい息を荒げながら、額に滲んだ汗を袖で拭う。こんなに緊張し、心拍数が上がる体験をするなど、ほとんどない。
(妻の病気が治らないと悟った時と、帝王に爵位を授与されたとき以来だな…)
苦々しげにもう一度口元をぬぐったシュナイテッター侯爵は、階段の奥の通路をうかがう。
あれから適当に転がり込んだ通路は行きどまることを知らないように直進しており、時折、分かれ道の通路から騎士が甲冑を鳴らして走る音が聞こえるだけだ。
 どこか騎士たちの休憩室にでも通じているのかもしれない。城内に通じていることに安堵しながらも、もしもばったり出くわして切り殺されたらと思うと、汗が噴き出す。
護身用のナイフではたちまち斬り殺されてしまうだろう。
 さらに、王国の連中が上陸してしまえば、乱闘騒ぎになり混乱に乗じて場内をうごくには楽そうだが、エドウィンを見つけたとしても殺されずに抜け出す方法が未だ考え付かない。
(なるようになる…)
緊張のあまり乾いた唇を舐めて、侯爵は壁に手をついてよろよろと前進した。


 明かりなど差し込まないほど暗くなった通路が、ついに行き止まりを示した。
息をひそめながら、手を伸ばして壁を撫でる。ざらついた岩の感触が、ふと、滑らかな石の感触に変わる。
そのまま手を滑らせていくと、一部分だけぽっかりとくぼんだ穴を見つけた。おそらく昔のドアノブなのだろう、そのくぼみに手をかけて、体重をゆっくりかける。
案外軽く開いたその扉の奥には、ほのかに灯りの指す小部屋に続いていた。空気のよどみ具合から、ここ何年か一切使われていない部屋らしく、思わずむせそうになった。
呼吸を調えながら耳を澄ますと、誰かが細々と話す声が聞こえてくる。薄い壁の向こうから聞こえてくる声は、おそらく騎士か何かの物だろうか。
明かりが漏れ出ている一角へ来ると、そこも滑らかな石の扉だった。
そこ以外通路がないことを悟ると、しばし悩んだ末、侯爵は扉に手をかけて、深呼吸を繰り返した。
そして今日まで続いてきた自分の運にかけて、扉を強く押し開いて叫んだ。
「大変だ!王国が攻め込んできたぞっ!」


 浅い眠りに落ちてすうすうと柔らかな呼吸音を立てていたウィンデルは、突然誰かが大声を出したことに驚いて飛び起きた。
「っえ…なに…?」
パペットをはめた手で身を起こして首を巡らせると、隣の寝椅子で眠っていた立派な身なりの騎士も、不機嫌そうに髪をかき上げていた。
「静かにしてほしいんですけどねぇ…」
金糸の施された純白の軍服の騎士は、大声を出したであろう男へと不機嫌そうに眼をやる。
ウィンデルも全くもって同じ心境であり、びっくりして飛び跳ね続けている心音を抑えようと、胸を撫でた。
大声を出した男は、身なりの良い服を土埃で汚した紳士だった。顔を緊張でこわばらせ、何年も開いていなかったと思しき扉を開け放ったその人は、こちらの反応を見ると拍子抜けしたような顔を一瞬した。
が、彼が再び何か言う前に、休憩室の廊下をすさまじい勢いで走り抜ける金属音が聞こえた。そして半開きの扉に手が差し込まれ、軽く息を切らしながら緑髪の女性が駆け込んでくる。
「あ…シフォン!ちょうどよかった—!」彼女はウィンデルの隣の寝台にいる白い騎士、シフォンに慌てて詰め寄る。
「ミレア、そんなに慌ててどうしたんです?」まだ眠そうに眼を瞬いたシフォンは、純白の軍服についた小さなほこりを摘み取って不快気に叩き落とした。
 眠そうなシフォンとは対照的に、ミレアはずいとシフォンに詰め寄って早口に告げた。
「王国よ、王国が攻めてきたの!はやくあなたも迎え撃ちに行く準備して!私もゼルフを見つけて合流するから!」
そして踵を返しながら、休憩室の奥でたむっていた別の騎士達にも、ほら貴方たちも早くっ!と声を掛けて部屋を走り抜けていく。
「王国が攻めてきた…ですって?」
「なんで……」
シフォンとウィンデルが同時に呟くと、それまで息をひそめていたように黙り込んだ例の土埃の紳士が水を得たりと叫んだ。
「言った通りだろう?!王国が幾船もの船で海から攻めてきた…上陸まであと三十分もないぞ!私はこのことをみんなに知らせてくる!」
気違いじみた叫びをあげた紳士は、部屋を駆け抜けながら振り返りざまに唖然とする騎士たちに叫ぶ。
「私の出て来た通路は宮殿の裏の見張り台から続いている。そこから出撃すれば王国の連中と対面できるぞ!」
言い切ると、土埃の紳士は扉に飛びついてさっと廊下に飛び出していった。


 「しようがないですねぇ…!」シフォンが豪奢な金髪を手ですきながら、腰に下げた剣を構えて苛ただしげに紳士の飛び込んできた通路に歩み寄る。休憩室にいた騎士達も、剣呑な顔をしながら武器片手にシフォンの周りに集まっていく。
「優雅さのかけらもない平民上がりどもと戦ったところで名誉は一向に上がらないというのに」
ブツブツと文句を言うシフォンだったが、剣を持つ姿が様になっているところを見るとそこそこ強いらしいことがうかがえる。
k氏を引き連れて通路へ消えていく彼の後姿を心細そうに眺めて、ウィンデルはパペットをぎゅっと抱き寄せて小さく身震いした。
「…イヴ、イヴを探さなきゃ」
怖いけど、イヴを見つけるって約束したから…。息を呑んで、震える足を絨毯におろし、ウィンデルは廊下へと続く扉に手を掛けた。


参照12000感謝ですっ