複雑・ファジー小説
- さぁ 正義はどっち ? 参照12200ありがとう御座います! ( No.564 )
- 日時: 2016/06/03 18:23
- 名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: A1qYrOra)
ミカイロウィッチ帝国ルート 084
まずはこれで血をとって、と差し出されたメスを恐る恐る握ると、呻くような声が何度もエディに呼びかける。
「お嬢様…おやめください…!」
悲痛そうな声で静止するリンの声は、皮肉なことに逆効果を与えてしまうようだ。ためらいがちに握っていたメスを、エディは強く握りしめた。
視線を拷問部屋の奥へと移すと、ツヴァイが刃物を小さな炉の中に突っ込んでいる。地下で炎を起こすのだから、どこかに換気のための空気の通路があるのだろう。
振り返ったツヴァイは、エディが突っ立っているのを見ると小首を傾げて何してるのさ、と肩をすくめた。
再び弱弱しいリンの声が聞こえ、エディは震える指先でメスを操り、皮膚の上で滑らせた。
小さなくぐもったやり取りがずっと聞こえていた。痛みはあまりないが、少しでも身をよじると、切り裂かれるような痛みに心臓が止まりそうになる。
王国が攻めて来たという言葉を聞いて、リンは傍らを離れる気のないゼルフに、黒騎士としての責務を果たすよう、苦しい息の下から懇願した。
ゼルフは嫌がっていたが、死ぬ定め自分の所へ留まるよりも、今生きている人たちを救う方が先決であると訴え続ければ、悲しそうな顔をして去って行った。
そして最期の挨拶を告げようとエディの名前を呼んだ直後のことだった。
「協力すれば、リンを助けられるの?」
ふと、涙ぐんだ声がそうつぶやいた。
「もしかしたらね。でも、君も死ぬかも」
無邪気そうな声が重々しく返答する。
(何を言って…?)
寝ころんだまま、リンは首だけを巡らせて、どうにか拷問部屋の方を見ようとする。しかし腹筋に力が入り、たちまち体が分裂しそうなほどの痛みが腹部を襲う。頬を絨毯に押し付けながら、痛みをやり過ごそうと深呼吸を繰り返す。
「…わかった。協力する。何をすればいいの?」
けれど、エディのその言葉に、痛みを吹っ飛ぶほどの衝撃を受けた。
「まずこれで君の腕を切ってよ。失血死されると困るから、深く切りすぎないでよね」
唖然としていたリンは、あわてて叫び声を上げた。
大声を出すとお腹に力が入るため、意識が遠くなるような痛みに襲われる。
走り寄ってその手からメスを叩き落としたかったが、立ち上がれない。
「お嬢様…おやめくださいっ」
嘔吐しそうな痛みをこらえて腹這いになると、必死に絨毯にしがみつきながら前進し、拷問部屋へ顔を突き出す。
肩で息をする瀕死状態のリンが見たものは、自身の血だまりの中でへたり込んだエディの背中だった。
「言ったじゃないか、深く切りすぎると死んじゃうって」
瓶の中に適量の血液を採取し終わった後、ひろがっていく血だまりを呆然と眺めているエディにツヴァイはあきれたように声を掛けた。
拷問部屋の入り口にリンが顔をのぞかせており、信じられないという顔でこちらを見つめ、震えている。
「君もほら、動くと傷口が開いて死んじゃうよ」
包帯できつく締め付けて止血し終わると、ツヴァイは白衣から薬品を取り出し、エディの血液の中に数滴たらした。フラスコを撹拌しながらリンに近寄ると、リンが親の仇でもそんな目で見ないだろうというような怒りをあらわにした目で見上げてきた。
もしリンが無傷だったのなら、すぐに息の根を止められていたのかもしれない。
「なんてことを—!」
怒りで目を見開いたリンだったが、腹部の傷が完全に開いたのだろう、激しく咳き込んで吐血し始めた。
鮮血の方が実験に適しているため、項垂れているリンの腕を押さえ、手の甲にメスで線を入れると、絞り出すようにリンの血をフラスコの中へと垂らした。
撹拌しながら半ば気絶しかけているエディの側に戻ると、炉の中に入れておいた刃物がちょうどよいくらいに熱されたようで、部屋の中が温かくなってきている。
リンが苦しげにせき込んでいるが、もう少しで助けてあげられる。
切り裂きすぎてしまった自分の腕が、ジンジン痛む。けれど、リンを助けるためには必要だったのだ。そう思うと少しは我慢できる。
ふと、前方で黙り込んだままフラスコを覗き込むツヴァイが、ゆっくりとテーブルにフラスコを置いた。
撹拌が終わったのだろうか、眺めていると、炉の中からよく熱された刃物を取り出して、こちらに近づいてしゃがみ込んだ。
色違いの目を思案気に伏せながら、エディの血塗れの包帯を外す。
「だめだね、エディ。君の血液はリンのとは適合しないみたい」
「どういうこと?!それじゃリンは?死ぬの?!」
エディが戦慄して叫ぶと、小さくかぶりを振って熱された刃物を持ち上げ、不思議な表情でかすかに笑っている。
「別の人の血液で試してみようよ。リンを助けられないかどうか決めるのは、それからでも遅くないでしょ?」
そういうと小首を傾げたまま、高温に熱された刃物の面をエディの傷口に押し当てた。