複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照12200ありがとう御座います! ( No.566 )
日時: 2016/07/08 14:44
名前: メルマーク ◆kav22sxTtA (ID: A1qYrOra)

ミカイロウィッチ帝国ルート  085


 「来たね」
先に階段を駆け上がって、廊下の窓ガラスから外を眺めたツヴァイがにこやかにそういっている。エディは呻きながら、巻き付けた包帯から無理矢理視線を外した。
焼きごてを押されて止血した傷跡が疼くように痛む。
「片っ端から試してみよう。うまくいくといいね」
 窓の向こうへ目をやると、岸壁に船を近づけた王国勢が、帝国勢と争いながら無理矢理上陸している様子が見えた。
純白とはいいがたい赤の跳ねる白衣をなびかせて、リンの血の入る試験管をいくつも指の間に挟みながら、よろしくねと言う様にこちらを振り返るツヴァイ。
エディは頷くと、矢をつがえながら窓の外をうかがう。
 海上に突き出したようなミカイロウィッチ宮殿のありとあらゆる角度から船を停泊させたカメルリング兵は、わらわらと群がってきている。
実際、奇襲の影響で本来の実力を発揮できていないせいで帝国勢は宮殿の扉を死守できてい無いようで、早くも一つの扉が突破されたようだった。
廊下の窓から見渡せる中庭に、王国の兵士の姿が駆け込んできている。
「誰にするの?」
肩越しに聞けば、ツヴァイが背伸びして窓の向こうへ目をやり、「きわめて健康そうな、僕らが運びやすそうな人を数人」と値踏みするように兵士を眺める。
曇り空のもとで見る荒々しい兵士の顔は、どれもきわめて健康そうには見えない。適当に走りこんできた一団に目星を付けると、痛みをこらえながらエディは矢を放った。


 一投目が集団の中央にいた人物の足を貫いたのだろうか、悲鳴を上げて転んだ。
それによってその集団は武器を構えながら辺りを警戒する様に首を巡らせている。
かまわずエディはその集団にいくつもの矢を放ち、つぎつぎと狙い通りに仕留めて行く。
同じく庭園に駆け付けてきた帝国の兵士たちは、謎の襲撃者に一瞬戸惑っていたようだったが、王国兵ばかり倒れて行くため味方だと判断したらしい。混乱した王国の一団に切りかかっていく。
 「ボクたちも早く行こう。生きてないと輸血中に血液が凝固しちゃうから」
エディの弓の技術に目を丸くしていたツヴァイは、試験管にしっかりゴム栓がしてあることを確認して廊下をぱたぱたと走り中庭を目指す。
廊下を走るのがもどかしく窓をよじ登って、危なっかしげに中庭へと続くレンガ調の小道へと飛び降りる。
背後でエディが声を上げたが、構わずに倒れた人物に駆け寄った。激しい応酬のつばぜり合いを横目に、案外戦いに集中してしまえば倒れた兵士に駆け寄る自分にまで注意を払えない兵士たちに安堵する。
せっかく実験が最終段階に入ったのだ、ここで殺されてはたまらない。
思いながら、ペティナイフで転がる兵士たちの血液を採取していく。
試験管に血を絞り落として撹拌しながら様子を確認する。
一人目の兵士はエディの時と同じに血液が凝固してしまうため、失敗だ。
 気を取り直して、二人目、三人目と試薬を試していく。
なかには帝国の騎士の姿もあったが、構わずその人からも血液を採取した。


 と、数人に試すと、効果はてきめんに表れた。試験管を何度も振り回し、凝固がなされないことを完全に確認すると、思わずにやけてしまう。
ここが戦いの最中だということも忘れて、喜びの声を上げた。
「やったよエディ!凝固しない!」叫びながら、リンと適合する血液を持つ兵士の方を振り返り、なぜだろうと考察する。「おそらく人間の血にもいくつか種類があって、適合する奴としないやつとで別れているんじゃないかな…でもこのクエン酸ナトリウムで凝固が防げ——?」
ボクの考えはあっていたんだ、と長年受け継がれてきた研究に自分が幕を引かせることができた名誉に目を輝かせていたが、窓枠に足を掛けたエディを見ると、様子が変だ。
遠目からでもわかる血の気のひいたその顔は、目を大きく見開いている。
焼きごてで止血したところが相当痛むのかもしれない、もしかしたら、傷口をどこかにぶつけたのかもしれない、そういえば鎮痛剤がポッケにあったっけ、とポケットに手を突っ込んだ。
 「え…?」
しかしポケットから薬を取り出そうとした瞬間、エディがこちらめがけて矢をつがえ、ためらうことなく放った。
迫ってくる矢じりがスローモーションで見えるような気がしたが、たちまち目前にまでその先端が迫り、その鋭さが手に取るように見える距離まで見える。
 反射的に目を閉じたその耳元で、鋭い風切り音がなにかを切り裂いた。



 「待ってツヴァイ、今行くと危ない…!」
廊下を走り、窓枠を乗り越えるツヴァイに慌てて声を掛けるが、はやく試薬を試したくてしょうがないようで全く足を止めない。
白衣を掴んで引き留めようとするが、間に合わずに伸ばした指先から白衣がすり抜けて行く。
痛みに呻いて転がる兵士なら敵味方関係なしにそばに跪いて、ペティナイフで皮膚を傷つけ、片っ端から試験管に血液を入れていく様子にハラハラしながら、エディも後を追おうと窓枠に足を掛ける。
 「やったよエディ!凝固しない!おそらく人間の血にもいくつか種類があって、適合する奴としないやつが—」
窓枠から飛び降りようというときに、ツヴァイが試験管の一つを掲げて嬉しそうに叫ぶため、視線を中庭の方へと投げる。
しかしその声に反応したのは案の定エディだけではなかったらしい、帝国の騎士を切り殺し終わった王国兵の一人が、血で染め上げた剣を両手で構えてツヴァイの方へ首を巡らせて眉をひそめている。
仲間じゃないな、と目を細めると、その男はご機嫌そうに考察の声を上げるツヴァイに歩み寄り、思いっきり剣を振り上げた。
 息を呑んでエディは声を上げようとするが、咄嗟に間に合わないと悟る。
鎧に身を固めた兵士が、ポケットに手を突っ込んだツヴァイに切りかかる寸前、考えるよりも先に行動してしまった。
自分の道徳心が働く前に、エディは弓をつがえると、恐ろしいほどの集中力で矢を放った。
道徳心がようやく働き出した時には、目をつぶって縮こまるツヴァイの背後で、脳天を貫かれて白目をむいた兵士が、人形の様に後方へ倒れるところだった。
「……」
どさっと妙に大きな音を立ててくずおれた男を呆然と眺め、エディは自分のしたことに目を見開くことしかできなかった。





咄嗟に体が動いて自分でも驚くことってありますよね…
クエン酸ナトリウムは、血液の凝固を止める作用があります。
現代でも、献血で採取した血液の抗凝固剤として使用されてます!