複雑・ファジー小説

さぁ 正義はどっち ? 参照13200ありがとう御座います! ( No.579 )
日時: 2016/08/23 00:53
名前: メルマーク ◆gsQ8vPKfcQ (ID: KzMBmi6F)

カメルリング王国ルート 090


 まるで雪が降ったように、その場にしんとした沈黙が下りた。しずかにマントを揺らして、国王がラルスを振り返る。ふわりと舞う刺繍の金糸が、国王の静かな怒りをはらむように風に踊っている。
「何と言った、ラルス」
やがて静かに国王が口を開き、隠し事が何もできなくなるような例の深海色の目でじっとラルスを眺めた。
 「……」一つ間違えれば激高した国王に何をされるかわからない状況を目の当たりにし、ルークは固唾をのんで成り行きを見守る。たとえ国王に斬りかかられたとしても、ラルスなら、その一撃を受け止められるだろう。しかし心配なのはそこではないのだ。
(ラグみたいに、ラルスさんの大切な人が監禁でもされたら…?)教会の爆破を命じ、幼いラグを牢屋に放り込んだ国王の事だ、いまいち信用できない。
「はい、国王様」と、ラルスが重々しくうなづいてゆっくりと口を開いた。「国王様に、敵を集める餌に…罠になっていただきたいと、そう申し上げました」
「餌」
無表情のままオウム返しする国王は、握っていた剣を地面に突き刺し、ラルスを見下ろす。
「それはかまわん。しかし、安全地帯にいようといまいと、餌が餌として敵地を歩き回ることに誰も異議は唱えられぬはずだ。私も剣を抜いて、餌として務めを果たさなくてはならぬ」
剣をさらに深く地面に突き刺しながら、国王は周囲を見回した。白騎士団員がひと塊、安全地帯を囲うように立っている。怪我人や安全地帯の確保に追われる傭兵の一団がさらなる領土拡大を目指して何やら作戦を立てているように見える。
「しかし、それでは安全地帯が確保できません」剣を引き抜いて、作戦確認を使用と歩みだした国王のあとについて、ラルスはなおも食い下がる。
移動を開始し始めた国王たちをうろたえた様に目で追っていた魔導士たちは、やがて負傷者の元へ呼び寄せられた。
それを横目に、国王はうるさそうにラルスを振り返る。
「国王様の護衛に白騎士の団員を割いてしまえば、負傷者たちや船に残る武器や荷具を守護する騎士の数が激減してしまいます。安全地帯が奪われたら…有利な形成が逆転してしまいます!」
「……」
国王がため息とともにラルスを見る。老け込んでしまったその顔は、私が行動を起こさなければならない、という強い使命感にあふれていた。
「お前の言う通りだな、ラルスよ…」振り返った国王は、船に積まれた荷物を見つめて、頭に登っていた熱気を覚ました。
フランチェスカの命が危うくなる中、その命を父でありながら見捨て、国を優先したのだ。ここでどうにかして勝たなければ、憎い帝王を自らの手で刺し貫いてやらなければと気張りすぎていた。
「効果は一時とはいえ、奇襲攻撃は成功したのだ。ここから一斉に攻めなくては無策に陥るぞ」だからこそ、と国王は強い意志をたたえたまま憎き敵の住まう宮殿を仰いだ。「だからこそ、お前たちには期待しておる」
こぶしを握って言い切ると、あちらこちらから王国兵の奮い立った声が飛び交い、一瞬流れた不穏な空気が一斉に薄れた。
「国王様のために椅子を—!」
その様子に安堵したラルスは、こちらを心配げにみる魔導舞台に微笑みかけてから、船舶に残る連中に声を張り上げて、国王の椅子を持ってくるよう伝えた。


 震えが止まらない。
(なんですかこれは…)
周囲にはすでに一戦を終えて壁に倒れ掛かる騎士たちの、凄惨な痕が生々しくこびりついている。しかし、なによりもキリエをぞっとさせるのは、踏みつけられて痛んだ絨毯に残る、指のあと。
それが延々と、まるで誘い込むように幾重もの角を曲がって続いているのだ。
 「キリエ、どこ行くんだ?」
名を呼ばれ、青ざめた顔をはっとあげると、はるか先を抜けて行ったはずのノイアーに出会った。
廊下の角からひょっこり出て来た少女。そのブーゲンビリア風の白いワンピースが、目を覆いたくなるほどの赤で黒ずんでいる。息を切らさずに鎌を肩にかけて悠々と歩いてくる彼女は、きょろきょろと辺りを見回す。
「なんだ、ここら一帯はもう敵がいないのか。つまらん!」
ふん、と軽く鼻を鳴らすと、初めて興味が湧いたという様にじろじろとキリエを見上げる。
「な、なんですか?」その人を殺戮するには無垢すぎる青い目で見つめられ、居心地が悪そうにキリエが身じろぎする。「ジョレスはどうしたのです?はぐれてしまいましたか?」
その無垢な瞳が自分の胸元に向けられたのを見て取って、十字架の件に振られる前に自分から切り出した。
ノイアーは開きかけた唇を一時停止して、周囲を見渡し、ジョレスがいないことに気付いたようだった。
「はぐれてしまったのですね。私もツバキ団長を見失ってしまって…」
ため息とともにそうつぶやくと、ノイアーが急にピンと背筋を伸ばして目を輝かせた。みるみる頬が高揚して、いきなり鎌を振りかざす。
「見ろ!敵だ!獲物だあッ!」
そう嬉しそうに咆哮を上げると、キリエのそばを駆け抜けて廊下の奥に姿を現した帝国の騎士目掛けて走り出した。
 「ノイ—」
水気のない青い髪が躍る背中に手を伸ばそうとした途端、何か啓示を受けた様にピタリと身を止めた。
ノイアーたちがはじき合う剣の金属音に入交じり、何か激しく転がり落ちるような騒々しい思い金属音が耳についた。
息を止めてゆっくりと振り返ると、指のあとがふっつりと途絶えている。思い切って歩み寄ると、思わず転落しそうになった。
暗く縁どられていたため黒い扉だと思っていたが、そこは螺旋を描いて降りていく、じめじめした暗い階段だった。
こくりと喉を鳴らすと、キリエは行き先も知らぬまま、暗い階段に爪先を差し出した。


 「あー、チックショ」堅牢な鎧に身を包む騎士を前に、ジョレスは歯がゆそうに苛立った。階級の高い騎士は、死なないようにとスピードと攻撃力を犠牲にして重厚な鎧に身を固めている。傭兵や一介の騎士ならば突き通すこともできる剣も、守りに入った貴族の鎧の前にはなすすべもない。
「ノイアーも見失っちまったし、こんなトロイ奴ら相手にしなきゃいけないし」
蹴り倒そうとしてもいったい何キロあるのか、渾身の力で足蹴にしてもよろめかない彼らは、鈍い動作でごてごてに装飾された宝刀を振りかざす。
しかし重いゆえにのろい動きは、簡単にみ切れてしまう。
 「ジョレス!」
傭兵の一人、大柄な男が思い切り突進して貴族騎士の足を狙い、そのうちの一人を転ばせた。派手な音を立てて転がるその騎士に縄を打つと、縄の切れ端をジョレスに放り投げてきた。
「こんな奴ら相手にしてねぇで先行こう。縛っておけば問題ない」
次々と体当たりされて転ばされた貴族たちは、兜の下から怒りに満ちた声を上げていたが、転んでしまえば容易に起き上がることが出来ない。
しかし彼らの叫びは、更に仲間を呼び寄せ、次に駈け込んで来た輩のその制服の色に、ジョレスは閉口してしまう。
広いホールを挟んで、対峙するのは黒い制服に黒い剣の面々。
「やっと黒騎士のお出ましだ」一人が叫ぶと、両者警戒したようににらみ合い、ゆっくりと陣営を描きながら相手のスキを見つけようとじりじりと間合いを詰める。
その中にゼルフの姿を探しながら、その姿が見えないとわかるとほっと安堵の息を吐き出す。
戦っても勝てる気がしないから、どうかゼルフ達が俺の目の前に飛び出して来る前にこの戦いに結末が来ますように!