複雑・ファジー小説
- Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.1 )
- 日時: 2013/07/31 23:46
- 名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: P/sxtNFs)
毎日が退屈で仕方なかった。
同じ事の繰り返しで、代わり映えのない日々。楽しみといえばアニメや小説、漫画くらいだ。
顔が良かったり、運動神経が良かったりする奴は、デートだとか部活だとかで日々を満喫してる。俺は顔も運動神経も良くないから、デートも部活も出来ないけど。
音楽の授業中。
視聴覚室でよく分からない音楽関係の映画が上映されている中、俺は先生に「腹痛が痛いのでトイレ行きます」といい加減な嘘を突き、抜け出した。
向かった先はトイレではなく、第二体育館。
第一体育館より一回りほど小さいこの体育館は、あまり使われる事が無い。だからサボるにはとっておきの場所という訳だ。
ステージ上で、天井から吊るされている赤黒いカーテンの裏、俺はゴロンと仰向けで横になる。
腕を枕にして、薄汚れた白い天井を見つめながら、ボーっと考え事をする。
学校にテロリストが襲撃してきて、授業を抜け出していた自分がクラスメイトを助け出し、ヒーローになる。
または学校をゾンビが襲撃してきて、クラスメイトが食われていく中、授業を抜け出していた自分がクラスメイトを助け、導いていく。
なんてことのない、他愛のない妄想だ。
俺は自分の中ニ病加減に苦笑し、妄想を打ちきる。
どうせ俺ではクラスメイトを助ける事は不可能だ。それに助けてやる義理はない。
苛められている訳ではないが、クラスメイトに友達と呼べる奴は一人もいないからな。
「寝るか」
俺はそう呟いて、瞼を閉じた。
♪
どれくらい時間が経過したのだろう。
俺は女子生徒の甲高い悲鳴で目を覚ました。
何故、女子はこうもキャーキャーと叫ぶのだろう。耳が痛くなるだろ。
俺はゆっくりと起き上がり、ステージから降りようとして息を飲んだ。
第二体育館の中を、血だらけの男子生徒が二人、ヨロヨロと歩いていたからだ。二人共首元を何かに食い千切られたように損傷しており、そこから血液が垂れ流れている。血液は制服を赤黒く染め上げている。
滴り落ちる血液が体育館の床に赤い斑模様を作っていく。
「はは……」
その光景を見て、俺は思わず乾いた笑みを漏らす。何だこれは。
ドッキリだろうか?
授業をサボっていた俺を驚かす為の?
男子生徒二人は俺の笑みに反応して、白濁した目をコチラに向ける。それから馬鹿みたいな唸り声を上げて、まるで酔っぱらいのように覚束ない足取りで俺の方に近付いてくる。
「お、おい。なんだよ。怖ぇよ。こっちくんな」
泣き笑いと言った表情を浮かべながら、男子生徒達に声を掛けるが、二人は全く反応しない。
「あんまり近付くと殴るぞ? ドッキリだったとしても謝らないからな!」
そうやって必死に声を掛けるが反応しない。
どうしていいのか分からず、引き攣った笑みを浮かべて固まる俺。
ステージのすぐ下まで近付いて来た二人。漂ってくる鉄臭い臭い。
男子生徒の口元から、血の混じった唾液がドロリと垂れたのを見て、俺は悲鳴を上げながらようやく動き出した。
ステージの上を走り、二人から距離を取ってから飛び降り、入り口を目指して走り出す。
「なんだよあれ! やべえってやべえやべえ」
これは夢か?
そんな訳がない。こんなにハッキリした夢があってたまるか。
ドッキリ?
いやリアルすぎる。あれは間違いなく血の臭いだった。
頭の中で自問自答しながら、体育館の入口を飛び出す。どうしていいか分からなくなった俺は、クラスメイトのいる視聴覚室を目指すことにした。
「うぁあ!」
廊下の角を曲がった瞬間、誰かにぶつかって勢い良く後ろに倒れる。頭を地面で強打し、思考が一瞬止まる。
それがいけなかった。
次の瞬間、ぶつかった人が立ち上がり、俺の上に覆いかぶさってきた。女子生徒だった。恐ろしい程の力で肩を掴まれる。
その女子生徒の顔を見て、俺は情けない悲鳴を上げる。先程の男子生徒と同じように、目が白濁していたからだ。
彼女の口元から血の混じった唾液が溢れ、俺の顔に掛かる。生暖かくて、吐き気がする程の悪臭。
彼女を引き剥がそうと顔面を殴りつけるが、痛みを感じていないかのように表情は変わらない。
そして彼女は口を大きく開いて歯を剥き出しにすると、俺の首に噛み付いた。
「いぃぃぃぃい」
歯が肌にめり込み、肉を裂いていく。焼ける様な痛みに襲われた俺は、引き攣ったカエルの様な悲鳴を上げる。
ブチブチと音を立てて首の肉が食い千切られ、ドクドクと血が溢れる。
彼女はニチュニチュと湿った音を立てながら俺の肉を咀嚼して、飲み込む。そしてもっとと言わんばかりに再び口を開く。
血の混じった唾液が糸を引く。
俺は咄嗟に右腕を突き出した。彼女は腕に喰らいつき、さっきと同じように肉を引き千切る。
俺の悲鳴を聞きつけたのか、どこからか三人の生徒が現れた。皆酔っぱらいの様な足取りだ。
その時、俺と女子生徒がぶつかった曲がり角から二人の男女が飛び出してきた。酔っぱらいの様な足取りではない。
「だすげてくれェ!」
俺は彼らに助けを求める。
二人はギョッとした表情で俺を見ると、苦しそうに目を伏せる。
「そいつらに噛まれたら仲間になっちまうんだよ! 許してくれ!」
男はそう言うと、女の手を引いて走り去っていく。
噛まれたらゾンビになる。
そんなのはとっくに映画で予習済みだった。
三人のゾンビが俺の腕の肉を咀嚼している女子生徒と同じように俺に覆いかぶさってきた。
「嫌だァ! 嫌だァ!」
左の耳たぶが食い千切られる。
下唇が食い千切られる。
顎の肉が食い千切られる。
「嫌だああああぁぁぁ!!」
俺は目の前の女子生徒を押し飛ばし、食い付いていたゾンビ達の間を無理やり抜けだした。色々な部分の肉が千切れたが、もうどうでもいい。
涙と鼻水と唾液と血で顔面をぐちゃぐちゃにしながら、俺は近くにあった男子トイレに逃げ込む。
一番奥の個室に入って、鍵を締めた。
「嫌だ……嫌だァ」
ゾンビになる。
その恐怖に歯がガチガチと音を立てる。
その都度、口元から血がボトボトと零れ落ちる。
「い……うぇ」
次の瞬間、温かい物が喉をせり上がって来た。思わずそれをトイレの床に吐き出す。
それを見て俺は声にならない悲鳴を上げた。
俺が吐き出したのは胃液じゃなくて、大量の血液だったからだ。
「ぁぁああ」
貧血を起こしたみたいに、身体に力が入らなくなって、視界がグルグルと回る
きもちわるい
ずるずると地面にたおれ
いしきがとおノく
しにたくない。