複雑・ファジー小説

Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.15 )
日時: 2013/08/08 20:53
名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)

ってきた。
 三時間近く掛かっただろうか。スマホを見る余裕が無かったから詳しくは分からないが、普段よりもかなりの時間が掛かった。まあ当然か。
 スーパーやらコンビニやらが近くにないこの住宅街には、比較的ゾンビはいなかった。いたとしても単体ばかりだ。俺の家から三分くらいの距離に一匹発見した。
 自転車を止め、カゴを地面に置く。近くにゾンビがいるのが嫌だったし、ある実験をしたかった。
 乾いてザラザラする掌を握りしめ、ヨロヨロ歩くゾンビの背後へ忍び寄る。ゾンビは全く気付いていない。

「っ!」

 その後頭部へ、大袈裟なほど大振りの拳を叩き込む。渾身の一撃は躱される事無く、命中した。
 それは殴るというよりは突き破るという感じだった。拳はゾンビの頭を貫通し、頭の中を少し進んだ辺りで止まった。怖気が走るような生暖かい感触。
 ゾンビはビクンと一度全身を痙攣したかと思うと、力を失って地面に倒れ込んだ。めり込んでいた腕がズブリと抜ける。
 へたり込みそうになる足を抑え、俺は血と、何か違うドロドロした半液体の物を制服に塗りたくって拭く。ああ、この制服ももう使えそうに無いな。

 しかし、これでハッキリと判明した。俺の筋力は尋常じゃないまでに上昇している。
 殴った右手に力が入らない。恐らく骨が折れている。これも根拠のない予測だが、この筋力についての仮設を立ててみた。昔見た漫画を参考にしている。
 実は人間が普段使用している筋力は本来の二割程度しか無いらしい。脳が使用出来る力にリミッターを掛けているらしいのだ。何故リミッターが掛けられているのかというと、本来の筋力を使うと人間の身体が壊れてしまうかららしい。
 もしかしたら、俺はこのリミッターが外れているんじゃないだろうか。いや、俺だけじゃなくて、ゾンビも恐らくそうだ。そう考えれば、あの馬鹿みたいな怪力にも一応説明がつく。
 まあ、俺の治癒力には説明が付かないけどな。
 
 しばらくして、多少動くようになってきたので自転車を再び漕ぐ。バランスが取りにくく非常にフラフラしたが、何とか家が見える位置まで辿り着いた。

「こないで!」

 俺の家の、すぐ向かい。逃げる準備をしていたのか、車に荷物を積んでいたおばさんにゾンビが襲いかかろうとしていた。おばさんは手に持っていたトランクをブンブンと振り、半狂乱になっている。向かいといえば、確か山城さんだっただろうか。前に手作りのリンゴパイを頂いた覚えがある。
 俺は自転車から降り、荷物を放り出して山城さんの助けに向かう。しかし、もうこんな所にまでゾンビが来ているとは。ゾンビの大部分は避難した人達を追いかけて行き、残ったのはウロウロしているようだが……。全てのゾンビが避難者を追いかけていけば良かったのに。
 
「大丈夫ですか!」

 俺は山城さんに声を掛けながら、ゾンビを後ろから羽交い締めにする。ジタバタと山城さんに向かおうとするゾンビの馬鹿力を、同じく馬鹿力で押さえつける。ゾンビは俺の声に反応したのか、押さえつけている俺の腕に噛み付いた。

「っ糞」

 痛みは少ないが不快感は大きい。ゾンビは肉を口に入れると、ペッと地面に吐き出した。そして再び山城さんへ向かおうとする。何なんだよ、俺の肉は嫌いなのか。じゃあ最初から食うんじゃねえよ。

「清子!」

 家の中から山城さんの夫と思われるおじさんが、金属バットを手に現れた。俺に抑えられているゾンビを見て「ひぃ」と情けない悲鳴を上げるが、グッと顔を引き締め、裏返った叫び声を上げながらゾンビに向かって突進する。
 そしてバットを振り上げ、その頭に向かって思い切りスイングした。おい、馬鹿、俺が抑えてるのに。
 ゾンビを抑えていた手を離し、後ろに跳ぶ。しかしひしゃげた頭から飛び散った脳漿がビチャビチャと俺に振りかかる。

「大丈夫か清子!」
「うぅうう……」

 恐怖からか涙を零す山城さんを夫が抱きしめる。そして俺の方にバットを向けた。

「う、動くなよ化物!」
「は、はぁ? ちょ、ちょっと待って下さいよ。俺は生身の人間です」
「う、ううるさい! 俺は知ってるんだぞ! ゾンビに噛まれたらゾンビになるんだ! お前ももうすぐ今の化物みたいになるんだ!」

 そして俺を警戒したまま車に荷物を詰め込むと、山城さん達は車に乗り込んだ。そして俺にキツイ視線を向けたまま、車を走らせて去っていった。
 はは、なんだよそれ。
 そんな、助けてやったのにおかしいじゃないか。
 せめて感謝の言葉くらいないのかよ。
 変な事を言うなよ。
 俺は化物じゃないさ。
 そうだよ。
 そう。
 俺は化物じゃない。
 化物じゃねぇ!