複雑・ファジー小説

Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.16 )
日時: 2013/08/09 23:00
名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)


 家の鍵は閉まっていた。中に誰かいて、鍵が閉められているのか、それとも誰もいないから鍵が閉まっているのか。玄関口にある傘置きの後ろには缶が置いてある。俺は傘置きをどかし、その中を覗きこんだ。
 鍵は中に入っていた。
 この状況で誰かが家に帰ってきているのなら、ここの鍵は回収するのではないだろうか。
 缶から鍵を取り出して、玄関の鍵を開けて中に入る。家の中はシンと静まり返っており、誰かがいる気配はない。
 俺は家の中に入り、鍵を閉めた。「誰か居るか? 俺だ、帰ってきたぞ」 といるかも知れない誰かに言葉を掛けるが、返事はない。どうやら誰も家に帰っていないようだ。
 まあ、この状況だったら、ゾンビになっている確率の方が高いだろうな。
 うちの家族構成は、父母俺妹だ。
 父と母は仕事に、妹は中学に行っているんだっけ。
 祖父母とは別で暮らしている。あの人達動きが遅いから、多分もう駄目だろうなあ。父も母も祖父母も俺よりも妹の方を可愛がっていたから、正直言ってそこまで辛くはない。ただ、今まであった物が無くなってしまったという喪失感はあった。
 溜息を一つ。
 今は自分の事だけ考えないとな。
 風呂に入りたい所だが、まずは家の出入口を塞がなければ。
 玄関はとても頑丈に作られており、ゾンビがちょっと集まって叩いたくらいでは突破される事は無いと思う。まあ箪笥でも持ってきて塞げばいいか。
 持ってきたカゴを冷蔵庫まで運んでいき、入れる必要のある物は詰め込んでいく。買い出しされたばかりなのか、幸いな事に冷蔵庫の中にはそれなりに食べ物が入っていた。

「まあ……なまものから消費してくか」

 いつ電気の供給がストップするか分からないからな。
 乾パンなどは冷蔵庫前に置いておき、取り敢えず出入口を塞ぐことに専念した。
 と言っても家の中に板や釘があるわけではないので、大した事は出来ないが。
 外に出て、窓に設置されている雨戸を一つずつ下ろしていく。全ての雨戸を下ろした事を確認し、中に入って全てに鍵が掛かっているかを確認する。それからカーテンを閉める。ただこれだけでは不安なので、ゾンビが入ってこれそうな所は椅子や机などの家具を使って塞いだ。後は玄関と二階だな。二階も雨戸とカーテンは閉めておく必要があるけど、いざという時に脱出するため家具で塞ぐのは止めておこう。悲しいことに我が家はそこまで大きくない。二階のベランダから庭に飛び降りても、多分大丈夫な筈だ。
 俺は一旦外に出て、ゾンビがいないことを確認して外に置いてあった自転車を回収する。妹用の黄色い派手な自転車も一緒に回収する。それを庭に置いておく。鍵は掛けない。
 ベランダから飛び降りた後、自分の足だけで逃げるのはキツイからな。脱出用だ。二つとも離れた場所に置いてあるため、事態によってどちらか片方を使用することになるだろう。
 衣服が入っている箪笥の中身を全て取り出し、空になった箪笥を玄関の前に置いておく。もし万が一家族が帰ってきた場合は箪笥をちょちょいとどけて鍵を開ければいいな。
 だけど。ゾンビに噛まれていたら家の中には入れられない。もしかしたら、父さんか母さんのどちらか、それから妹もゾンビに対して耐性を持っているかも知れないが、確実ではない。家族よりも自分の身が大切だ。

「…………はは」

 俺も大分冷たくなったもんだな。
 渇いた笑みを浮かべて、俺は二階の雨戸を閉めに行った。



 シャワーヘッドから温かいお湯が降り注ぎ、俺の身体に付いた汚れを洗い流していく。汗や血でベタベタになった頭をシャンプーで洗い流し、ボディソープで身体を念入りに洗う。手元には家にあった金属バットを置いている。何かあった時はこれですぐに対応できる。
 出入口を塞ぎ、脱出経路を確認した俺は、まず乾パンなどの保存の効く食料をリュックサックの中に詰め込んだ。リュックサックの中には他にも持ってきた医療品の一部や飲料水、包丁数本、懐中電灯、衣服などが入っている。バットとリュックサックは出来るだけ身体の近くに置いておき、何か起きた時にすぐ持ち運びが出来るようにしてある。脱出キットだ。
 身体が完全に綺麗になったら金属バットを手に、すぐに外に出る。風呂やトイレ中に襲われるというのは定番だからな。
 今まで着ていた制服は臭いがキツイので、もう使用することは無いであろう洗濯機の中に詰め込んでおいた。
 俺はタオルで身体を拭き、長袖長ズボンかつ、出来るだけ動きやすい服を着る。逃げる時に服のせいで動きに制限されるのは御免だからな。
 さっぱりすると、疲労から抗い難い睡魔が俺を襲ってきた。瞼が急激に重くなっていく。俺はリュックサックとバットを手にして、二階にある自分の部屋に行く。そしてベッドの隣にそれらを置くと、力なく倒れこんだ。
 寝る。