複雑・ファジー小説
- Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.30 )
- 日時: 2013/08/15 21:12
- 名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)
あれから一日経った。
ベランダから家の近くを見回すと、昨日の男がヨロヨロと歩いていた。ゾンビになったらしい。身体の至る所に食い千切られた跡が残っている。左手には鉄パイプが握られており、時折振るような素振りを見せている。
「…………」
歩美は。
妹はどうやら、俺と違ってゾンビに対する免疫を持っていなかったらしい。
家のすぐ外をフラフラと歩き回っている。
外見の損傷は男よりも酷かった。左頬の肉がごっそり無くなっている。首や腕の肉もかなり食われていて、骨が見えている所もある。何より酷いのは腹が引き裂かれて内臓がそこから垂れ落ちている事だ。黒ずんだそれを地面に引きずりながら歩いている。
歩美は時折、上を見上げる。そしてベランダから見ている俺と目があうのだ。白く濁りきった目で俺をしばらく見ると、また視線を下に向けて歩き出す。家の周囲をユラユラユラユラと。
歩美の最後の悲鳴が、耳にこびり付いて消えない。耳を塞いでも頭の中でグワングワンとそれが響いて、頭を掻き毟りたくなる。
歩美は俺を恨んでいるだろうか。
まあ、恨んでるに決まっているわな。
折角家まで帰ってきたというのに、中に入ることも出来ずに、実の兄に見殺しにされたのだから。恨まない筈がない。恨んで当然だ。
家族は皆、妹ばかりを可愛がった。誕生日もクリスマスもお年玉も、全部妹が優先された。別に俺が相手にされてなかったという訳ではない。それなりに愛情は貰っていた筈だ。ただ、妹の方が家族から愛されていたというだけ。別にその事に関して不満はない。生活に不自由しないだけはきっちり養って貰っていたのだから。だけど、まあ家族が妹に愛情を向けた分、俺も家族に愛情を向けなくなった。こんな状態になって、家族が生きている可能性は少ない。多分死んでいるだろう。そう考えた時に、俺はそこまでショックは受けなかった。まあ多少、思う所が無かった訳ではない。それでも、ああ、もう会えないのか。こんな程度にしか感じなかった。
感じなかった筈なのに。
すぐ近くで妹がゾンビに食われた。それも、俺のせいで。その妹はいまどうなっているかといえば、内臓を垂らしながら歩いている。よろよろと、ふらふらと、目的もなく、ただ歩き回っている。
頭がおかしくなりそうだった。
あの時、俺は男も一緒に中に入れるべきだったのか。
妹の安全を確保する事が最優先ではなかったのか。
いや……そんな筈はない。
俺は自分の安全を最優先にすると、そう決めたはずだ。
実際、あの男は仲間を切り捨てていた。家に入れていたら、今後何か合った時に俺も切り捨てられていたかもしれない。それに歩美と普通じゃない関係に見えた。教師と生徒という関係よりも、もっと上の、例えば恋人とか、そんな関係に見えた。家に入れていたらいずれ俺を邪魔に思って、もしかしたら殺されていたかもしれない。
だから俺の選択は正しかった。
ベストじゃなくても、ベターな筈だったんだ。
なのに、なんでこんなに苦しいんだよ。
妹の悲鳴が頭から離れない。
もう勘弁してくれ。
やめてくれよ。
自分の精神がじわじわと削られていくのを感じた。妹だった物と目が合う度、罪悪感が増していくような気がした。どれだけ自己正当化してもこびり付いた悲鳴は取れなかった。
だから俺はもっと壊れる事にした。
リュックサックは家の中に置いて、金属バットを手にして、家の裏側にある扉から庭に出る。そして庭からこっそりと出て、ゾンビが彷徨いている外に移動した。彷徨くゾンビの中に、妹の姿を見つける。
俺は妹だった物を、完全に破壊する事にした。