複雑・ファジー小説
- Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.32 )
- 日時: 2013/08/17 20:10
- 名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)
歩美。
瀬戸川歩美は、明るい妹だった。幼稚園の頃から、その日合った事を嬉しそうに話して、家庭の食卓を盛り上げていた。俺は黙々とご飯を食べながらも、それを聞いていた。小学校、中学校と上がるにつれて、その日の報告をする事は少なくなっていったが、それでも皆と明るく話していた。あまり喋るのが得意ではない俺よりも、明るくて喋るのが上手な妹が家族に好かれるのは当然だったと思う。
俺と歩美の関係はというと、特に変わったところの無い、普通の兄妹だった。
そこまで深く関わりあう事は無かったけど、朝や夜に挨拶し合ったり、たまに本を貸し借りしたり、しょうも無いことで喧嘩したり。取り分け仲が良かった訳では無かったけど、まあ、普通という言葉がぴったりと合う、そんな関係だった。
歩美ばかり可愛がられているのを見ても、特にあいつを妬んだりはしなかった。
嫌いじゃあ、無かった。
♪
酔っ払いのようにふらふらと歩いているゾンビにぶつからないように気を付けながら、ゆっくりと歩く。噛まれた影響なのか、ゾンビ達は俺の臭いには全く反応しなかった。身動きが取れないほどゾンビが集まっている訳でも無いので、思った以上に外を歩くのは簡単だった。
玄関の前に、昨日の音で呼び寄せられたゾンビが二匹程立っている。玄関を開けようとしている訳でもなく、その前にただ突っ立っていた。歩美もあの男も、玄関の前にはいない。
ゾンビの間を潜り抜け、俺は歩美だった物の前に立つ。掴んでいた金属バットに自然と力がこもる。
俺は音を立てていない筈なのに、それはよろよろと俺の方に近付いてくる。内蔵を引きずりながら、白濁した目で俺を見ている。
「なぁ、歩美」
声を出した。
他のゾンビにも気付かれるだろうが、気にならなかった。
「恨んでるか?」
歩美は答えずに、掠れた声を出して俺に両手を伸ばしてくる。
「俺はさ、お前の事、嫌いじゃ無かった。こんな風にするつもりは無かったんだよ」
歩美は答えない。
「ごめん」
そう呟いて、俺は歩美の頭にバットを振り下ろした。メチッと鈍い音がしてバットが歩美の脳天にめり込んだ。それで歩美の身体から力が抜けて、地面に崩れ落ちた。
どさり。
「あぁ……」
これで、本当に歩美は死んだ。
俺が殺したんだ。
俺が。
倒れた歩美に手を伸ばそうとして、後ろから肩を掴まれた。音で近付いて来たゾンビだ。
「邪魔すんなよ」
掴んでいる腕を握り潰す。それでもゾンビはもう片方の腕を俺に伸ばしてくる。
「邪魔すんじゃねェって言ってんだろうがよォ!」
猛烈な怒りが込み上げてきて、俺はそのゾンビにバットを振る。頬に命中したバットの勢いでゾンビの首が変な方に回転した。その音に他のゾンビが近付いてくる。俺は雄叫びを上げながら、近付いてくるゾンビを片っ端からバットで殴打する。肉が弾け、血が飛び、脳漿がぶちまけられる。吐き気を催す醜悪な臭いが周囲に漂っていく。
近付いてくるゾンビの中に、昨日の男がいた。大輝とか言っただろうか。
俺は囲んでいるゾンビに喰らいつかられるのも構わずにその男目掛けて突き進む。ブチブチと身体の色々な所が千切れる音がするが、どうでも良かった。
「おまえぇぇのおおおお! お前のせいでェェェええええええええぇぇえええぇ!!」
それはもう八つ当たりという物だっただろう。生気を失ったその男の顔面にバットがめり込む。鼻がへし折れ、歯が砕けた。男は後ろに倒れ込む。その上から、俺は何度もバットを振った。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
気付いた時には、男の身体は果肉入りのトマトジュースの様な有様になっていた。生きていた頃の面影はもうどこにも残っていなくて、肉と血がグチュグチュに混じり合っている。バットにはドロドロの肉塊が付着していた。
俺が男を殴っている間にもゾンビは俺に襲い掛かってきている。腕に喰らいついていたのを振り払い、力任せにバットを横薙ぎに振るう。
顔を潰し、頭を潰し、内から吹き出るどす黒い衝動に従って、獣の様にただバットを振るう。痛みも何も感じなかった。ただ行き場のない怒りだけが胸の中に渦巻いていた。
衝動が収まった頃、俺の周りには頭や顔が潰れ、凹んだ死体が散乱していた。もうゾンビじゃなくて、ただの死体。その中央に、俺は立っていた。家の周囲にいた全てのゾンビを倒しきれたわけじゃない。まだ何匹も残っているし、音に引き付けられてこっちに来ているゾンビもいる。中には頭を潰されてもなお、動いている奴もいた。
俺の身体は血だらけだった。返り血だけじゃない。身体の至る所の肉が食い千切られて、そこから血が流れ出ていた。特に左腕の損傷が酷かった。骨が見えるまでには至っていないが、ごっそりと肉が持っていかれている。身体が酷く重い。空腹感も激しい。
だけどこの死体を放置しておく訳にもいかないので、俺は足元にあった死体を持ち上げる。頭から零れた何かが溢れるが、もう気にならない。鼻もとっくに馬鹿になってしまって、何も感じない。
死体の処理については、燃やすことにした。森と自分の家から少し離れた所にゾンビを運んでいき、そこで灯油をぶっかけて燃やす。灯油は車庫に合ったと思う。ライターは一度家に戻らなければならないな。
片手で死体の頭を握り、二匹ずつズルズルと引きずりながら、家に離れた場所に持っていく。この時ばかりは筋力の上昇に感謝した。ポツポツと集まってきたゾンビは引きずる音に反応して近付いてくるが、俺の身体に着いた血のせいで混乱でもしているのか、俺に襲い掛かって来ず、キョロキョロと辺りを見回している。
俺は二十匹近いゾンビを、一人で屠っていたらしい。運び終わるのにかなりの時間を要した。引きずる作業を十回ほど繰り返し、それから車庫に戻って灯油を持ってきて、死体の山に振りかける。それからボーっとしながら庭の中に入り、開けておいた扉から家の中に入ってライターを持ってくる。それからライターに火を灯して死体の山に火を付けた。灯油のお陰で、死体は激しく燃え上がった。肉が焼けていく。
しばらくそれを確認した後、俺は放置しておいた歩美を取りに行く。両手で持ち上げ、俺は近くの山の中に入る。土か柔らかそうな場所に歩美を置いて、車庫からスコップを持ってくる。
時間を掛けて歩美が入りそうなぐらいの穴を掘り、その中に歩美を入れた。そして、上から土を掛けて、埋葬した。
それからスコップを車庫に戻し、バットを回収して、俺は家の中に戻った。服を脱いで、それを洗濯機の中に放り込み、シャワーを浴びて、傷口に包帯を巻いて、冷蔵庫にあった卵と鶏肉を適当に焼いて食べて、寝た。
おやすみ。
もう、歩美の悲鳴は聞こえなかった。