複雑・ファジー小説
- Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.37 )
- 日時: 2013/08/20 22:07
- 名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)
「なんで臭いだ」
家の外には吐き気を催す様な強烈な悪臭が漂っていた。それは俺が燃やした死体の肉の臭いだ。それが周囲一面に拡散している。やはり家畜は人の為に改良されているんだな。豚や鳥や牛の肉の焼ける臭いは食欲を唆るというのに、人間の肉は何故こうも臭いんだ。まあ、人間じゃなくて焼けているのはゾンビの死体だけど。
家の焼ける音にゾンビが集まっている。赤く燃える家の周囲にはゾンビがうろつき、炎に触れたゾンビの身体が燃える。焼きゾンビとなったそいつは周囲を歩き回り、炎を広げていく。
身体が完全に焼き尽きて黒焦げになっているゾンビもいる。そいつは地面に横たわっているが、腕や足を時折ピクピクと動かしていることからまだ生きているのだろう。なんて生命力だ。強い治癒力を手に入れた俺だが、流石にここまで燃やされたら死んでいるだろう。……この状態になって生きているくらいなら、いっそ死んだ方がマシだろうな。
頭の中の想像に身体を震わせ、ゾンビとぶつからないように慎重に進む。焼きゾンビに触れて荷物が燃えたりなんかしたら大変だからな。
それにしても、本当に軽率な事をしてしまった物だ。すぐ近くの家まで火の手が回っている。火事を目にするのは初めてだが、結構なインパクがあるな。
「…………」
炎を見て、慌てて出てきてしまったが、この炎は俺の家までやってくるのだろうか? もしかしたら途中で雨が降ったりして鎮火するかもしれない。
そう考えると足が止まるが、炎の勢いを見て足を再び動かす。まあ、俺の家が燃えないようだったら戻って来れば良いだろう。歩美を殺しに外に出て分かったが、意外とゾンビの間を通って行くのは簡単だ。音を立てなければ気付かれないし、音を立ててもすぐにその場から離れれば、ゾンビは俺を簡単に見失ってしまう。それに仮に襲われたとしても、俺のこの腕力があれば抵抗できるし、何より俺には治癒力がある。ゾンビに噛まれても一日もあれば傷は塞がる。ゾンビに噛まれても良いっていうだけで、このサバイバル生活が一気に楽になるよな。
さて、これからの予定を簡潔にまとめよう。
まず目的地は、通学路の途中にある活動を停止した浄水所だ。
そこに辿り着いたら安全の確認をして、睡眠が取れそうな場所を確保。
ゾンビや人間が入ってこれないように入り口を塞ぐ事も重要だな。
持ってきた食料だけでも、切り詰めて食べればそれなりにもつ筈だ。だから余裕がある間に周囲の店に向かい、物資を調達。もし火事が止まっていて、家が燃えてないのなら、家に戻ろう。防御力は低いだろうが、やっぱ家の方が落ち着くだろうからな。もし浄水場が駄目だったら、最悪知らない人の家を使おうかな。
「うーん……でもこの生活じゃあいつまで持つか……」
店にある食べ物は無限じゃないし、一部を除いた食べ物はいずれ腐る。他にも生き残りの人間はいるだろうし、調達出来る食べ物にも限界があるだろう。
「やっぱ自給自足しないといけない日が来るんだろうなあ」
自給自足か……。
暇があったらスマホで調べなければならない。
思いつくことと言えば、野菜の種を調達してきて撒く、山や川にいる動物や魚を狩って食べる、くらいだな。野菜に関しては作る場所を探さないといけないし、動物を狩るには道具がいるし、魚なんて釣った事無い。
問題だらけだ。
こんな状況では俺の娯楽だった漫画やアニメの続きを見ることは叶わないだろうなあ……。余裕があったら書店で本を手に入れてこよう。これからの人生で楽しめる事を見つけるのは、意外と大切だからな。退屈は人を殺すと言うし。
そんな事を考えながら、俺は数日前に目の前で女の人が喰われ、狂いそうになったあの場所に辿り着いた。道路にはドス黒い染みが残っている。あの人の姿はない。まあ肉を探して歩いて行ったのだろうな。
あれを思い出しても、もうそこまでショックを受けない自分が、少しずつ壊れ始めている事を自覚する。だけどそれでいい。適応するには普通のままじゃ無理だから。
思ったよりもこの辺りにはゾンビがいなかった。たまに何匹かウロウロしている程度だ。この程度なら大して身構えなくても楽に歩いていける。
浄水場を目指して歩いていると、後ろの方からエンジンの音が聞こえてきた。振り返ると、黒い大きめの車がコチラに走ってきていた。正面には、ゾンビを車で轢いたのだろう、赤い血肉がベッタリと付着していた。車は俺の近くにやってくると停止した。窓が開き、中から三十代ぐらいの眼鏡を掛けた気弱そうなおっさんが顔を出した。
「君、大丈夫か? 一人かい?」