複雑・ファジー小説

Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.5 )
日時: 2013/08/02 21:03
名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: P/sxtNFs)



 世界中でゾンビパニックが起こっていると言う事は、救助はあまり期待できない。当然、自衛隊や警察といった組織は既に動き始めているだろうし、映画のセオリー通りならば、もう既にかなりの数の自衛隊員や警察官がやられているんじゃないだろうか。掲示板でも、自衛隊の基地でもパニックが起きていると書かれていたしな。もし、今後自衛隊が体勢を整えることが出来たとしても、救助が開始されるのは数週間先になるんじゃないだろうか。
 それから、当然食料の流通は止まる筈だ。だから食べ物を確保する必要がある。
 後は安全な場所だ。
 だが、安全な場所といっても中々思いつかない。スーパーなどの大きな建物は確かに頑丈だが、その分人が集まっている。現状、出来るだけ人が集まる場所は避けた方が良さそうだ。
 俺の現在地点は学校。
 家からはいつも自転車で登校している。大体四十分くらいの距離だろうか。山が近くにあって、静かな住宅街にある。
 この市は都会と言うほど栄えてはいないが、田舎というほど寂れた場所ではない。中間辺りだろうか。映画に出てくるようなショッピングモールも無いことは無いが、ここからは自転車でも一時間以上掛かる。
 やはり、取り敢えず家に向かってみるか。家族がどうなっているかも気になる。向かう途中に、幾つか店があったな。スーパーに薬局、コンビニ、あと日曜大工センター。
 スーパーは危険度が高いからスルーして、薬局とコンビニ、あとホームセンターには行っておきたいな。だけど色々な店によったとしても俺一人じゃそんなに持てないな。コンビニは品揃えがいいが、日持ちしそうな食べ物は少なそうだ。薬局なら非常用の食料や医療品もあるだろう。
 よし、家に向かいつつ、薬局とホームセンターに寄って食べ物、医療品、後武器なんかを手に入れよう。と言っても、ホームセンターにはあまり言ったことが無いから、何があるのかイマイチ分からないのだが。まあ木材やバール、包丁といった使えそうな武器を幾つか回収しておけばいいだろう。
 さて……今後の予定は決まった。
 後は駐輪所に止めてある自転車を回収して、向かうだけだが……。
 学校の中、ゾンビだらけだよな……。



 個室の扉を開けて、外を覗いてみる。トイレの入口から見える範囲ではゾンビはいない。
 トイレから出る段階になって、俺の心臓は暴れ狂う様に脈打っていた。呼吸が苦しい。やっぱりこのままトイレの中に引き篭っていようかと考えたが、ここにいても先はない。まだゾンビが発生してあまり時間が経っていない。今後状況は悪くなっていく一方だ。今の内に食料と安全を確保して置くべきだ。
 そう自分に言い聞かせて、音を立てないように外に出る。ゾンビは音と臭いに反応する。静かに動いていれば見つからないだろう。臭いの方はどうしようもない。
 息を殺し、足音を立てないようにしながら入り口へ向かう。首だけ入り口から覗かせて、廊下の様子を——。

「っ」

 すぐ目の前に、男子生徒のゾンビがいた。少し顔を動かせば顔と顔が触れ合うくらいの距離だ。白濁した双眸と俺の視線がかち合う。
 呼吸が止まった。全身の筋肉がガチガチに硬直して、身動きが取れなくなる。
 ゾンビは臭いでも人間を感知する。この至近距離じゃあ、臭いは嗅がれている筈だ。
 終わった。
 半ば諦めて、目を瞑る。

「…………。…………?」
 しかし、いつまで経ってもゾンビが動き出す様子はない。
 低い唸り声を上げながら、ゾンビは俺を無視してフラフラと廊下を歩いて行ってしまった。

「……っはぁ……はぁ」

 止めていた息を吐き出す。固まっていた身体が動き出す。
 死ぬかと思った。もう駄目かと思った。
 覚束ない足取りで去っていくゾンビの後ろ姿を眺めながら、俺は息を吐き出す。
 しかし、どういう事だろうか。掲示板ではゾンビは音と臭いに反応すると書いてあった。色々な場所でその様な書き込みを見たから、デマでは無い筈だ。こんな状況でもふざけたノリでデマを書く奴はいるかも知れないが……。
 取り敢えず、移動するか……。
 廊下には男子生徒のゾンビが三、女子生徒のゾンビがニ、教師と思われる男性のゾンビが一。
 計六人のゾンビがいる。
 いや……もう人と数えるのはおかしいか。
 六匹のゾンビがいる。
 俺は音を立てないようにして、ゆっくりとトイレから外に出る。窓からはいつもと変わらない青空と太陽が見えるのに、学校の中では化物が徘徊している。
 俺が今いるのは第二体育館の近くにあるトイレ前だ。幸いなことに一階。ここから少し歩いた所に下駄箱がある。そこから外に出れば、すぐ目の前に駐輪場がある。そこで自転車を回収しよう。
 下駄箱の方向に向かって、ゆっくりと歩く。途中で教師ゾンビとぶつかりそうになったが、何とか躱す。
 それにしても、すぐ近くに俺が歩いているというのにゾンビはまるで俺に反応しない。やはり臭いで判断するというのはデマなのか?
 不気味な静けさが広がる学校の中を、ゆっくり一歩一歩進む。今すぐ走りだしてしまいそうになる自分を抑える。大丈夫だ。音さえ、音さえ立てなければゾンビにはぶつからない。

「あ」

 下駄箱の一歩手前。曲がり角から出てきたゾンビと軽く肩がぶつかり合い、思わず小さい声を漏らしてしまう。ゾンビはその声に反応し、俺の腕をガッチリと掴む。
 嘘だろ。またかよ。
 そして大きく口を広げ、腕にガブリ。
 生暖かい物が腕に広がり、ブチブチと筋肉繊維が千切れる。だと言うのに、感覚が鈍くなっているお陰で痛みは以前よりも弱かった。そのお陰で何とか悲鳴を上げずにすんだ。他のゾンビは俺に気付いていない。
 ゾンビは俺の肉を咀嚼する。

「は?」

 しかしそのまま飲み込む事をせず、ペッと地面に吐き出した。ドチャリと肉塊が地面に転がる。血と唾液でヌメっているそれに興味が無くなったかのように、ゾンビは俺から腕を離し、去っていった。
 何が、どうなってる?