複雑・ファジー小説
- Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.6 )
- 日時: 2013/08/03 20:42
- 名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)
息を殺し、下駄箱にまで辿り着く。緊張からくる汗と、傷口から流れる血のせいでシャツや制服はグショグショだ。早く家に帰ってシャワーを浴びたい。たどり着ければ、だけど。
入口付近にゾンビが五匹彷徨いている。俺は音を立てないように下駄箱から自分の靴を取り出し、履いているスリッパを脱ぐ。それから靴を履いて、入り口を塞いでいるゾンビを確認。
深呼吸。
それから思い切って、スリッパを近くにあったロッカーに投げつける。ガンッと大きな音がなり、入り口にいたゾンビは音のした方に向かって歩き出す。俺はそれを見ながら、逆側から入り口へ向かう。
やはりそうだ。
ゾンビは今の所音にしか反応していない。音さえ立てなければ、すぐ隣を通っても気付かない。これで確認が出来た。
音だけにしか反応しないのなら、意外とこいつらから逃げるのは簡単かもしれない。パニックになって叫んだりしなければ、こっそり逃げ出せる。
しかし……。
俺は先程ゾンビに食い千切られた腕の傷を眺める。噛まれてから間もないと言うのに、もう血が止まっている。明らかにこの回復速度は異常だ。もしかしたら、俺がゾンビになっていないのと関係があるのかもしれない。
これは俺の妄想だ。
普通の人は、ゾンビに噛まれたら同じようにゾンビになる。しかし、俺はゾンビに噛まれたというのに一向にゾンビになる気配がない。つまり、俺はゾンビに対して何らかの耐性を持っているのでは無いだろうか。しかし耐性を持っていても、全く影響が無いわけではなかった。噛まれた影響で俺の治癒能力が上昇。それからゾンビは俺の臭い、もしくは肉に反応しなくなった。
何の確証も無いが、取り敢えず現状に説明はつく。
「よし……」
ゾンビ達がロッカーに群がっている間に、入り口から外へ飛び出す。外にいたゾンビも音を聞きつけてこちらに向かってきていたが、音を立てずに歩く俺は素通りしていく。
駐輪場はすぐ目の前だ。
早足になるのを抑えながら、ゆっくりと自分の自転車に近付く。
ポケットの中にある、定期入れの中に入れておいた自転車の鍵を取り出す。震える手を何とか制しながら、鍵穴へ差し込む。カチンと音がなり、自転車のロックが外れた。
喜んだのも束の間。ロッカーの音に引き寄せられていたゾンビの一匹がその音に気付き、ヨロヨロと俺に近付いて来た。
「ばっばか、来んな」
思わず小声でそう言うが、ゾンビに理解できる頭は無い。口を開き、顔を前に突き出した不恰好な姿で、俺に迫ってきた。
痛みが鈍くて傷がすぐに治るとはいえ、嫌な物は嫌だ。
近付いてくる顔に向かって、無駄だとは分かっていても思わず右手でパンチを叩き込む。
「は?」
そして俺は本日何回目になるのか、呆けた声を上げた。
ゴッと鈍く嫌な音が響き、ゾンビの首が変な方向へ曲る。それだけではない。殴られた勢いで、ゾンビが漫画の世界の様に浮き、後ろに飛んだ。ゾンビは地面に叩きつけられ、ビクビクと痙攣する。
何だ今の……。ゾンビの首が曲がって、吹っ飛んだぞ。
俺の記憶が正しければ、俺の腕力はここまで強くない筈だ。喧嘩慣れしている訳でも、格闘技を習っている訳でもない。そんな俺のパンチにここまでの威力がある筈がない。ゾンビになってバランス感覚が悪くなっているとはいえ、力は化物並みだし、身体の重さも変わっていない筈だ。
そして、殴った腕の感覚が鈍い。殴った瞬間、腕に強い衝撃が走った。感覚が鈍くなっているのにだ。それから腕に鈍痛が走り、動かしにくくなった。指も思ったように動かせない。もしかしたら、骨が折れているのかもしれない。
殴っただけで相手が吹っ飛び、自分の腕の骨が折れるって、なんだよそれ。
「どうなっちまってんだ……俺の身体」
呆けている間に、倒れているゾンビは折れ曲がった首のまま立ち上がった。再び俺に近付いて来ている。殴った音で他のゾンビも俺の方に向かい始めている。いつまでもここにいるわけにはいかない。
感覚のある左手で自転車のハンドルを掴んで車体の向きを変え、急いでサドルに跨る。そして近付いていくるゾンビ達の間を通り抜けながら、校門に向かった。自転車の音に反応して、多くのゾンビがコチラを振り向くが、それを無視して突っ切る。
そして俺は校門から飛び出した。
空は相変わらず、不気味な程青かった。