複雑・ファジー小説
- Re: 俺だけゾンビにならないんだが ( No.8 )
- 日時: 2013/08/04 21:12
- 名前: 沈井夜明 ◆ZaPThvelKA (ID: 7NLSkyti)
俺の通う学校は山の上にある。登校時はいつも長い坂を上がってことなければならない。
それ故、降りた下にある町の様子がよく分かる。
まさに映画通りと言うべきか。至る所から火の手が上がり、どす黒い煙が立ち上っている。車が何台も建物に突っ込んだり、横転したりしているから、それが原因だろうか。
学校の周辺にはもう車は通っていないが、遠くの方でクラクションの音が引っ切り無しにしているから、現在避難中なのだろう。
幸いと言っていいのか、ここから見える範囲ではそこまでの数のゾンビはいない。恐らく避難した人達に付いていったのだろう。しかし油断は出来ない。中が見えない建物の中には、学校と同じようにゾンビが大量に蠢いているかもしれない。
自転車の移動速度ならばゾンビに追いつかれる事は無いだろうが、油断しないように進もう。
学校の坂道を自転車で下っていく。途中、何体ものゾンビに遭遇したが軽く躱している。
学校の制服を着たゾンビや私服を着たゾンビ。色々な種類の人間がゾンビになっている。
それにしても、一体どこからゾンビは湧いて出てきたんだ? 掲示板で見たところ、世界で同時に発生しているようだ。定番な所でいうと、新種のウイルスとか宇宙から降ってきた隕石が原因とか、かな。後は地獄の店員がいっぱいになって、死者が蘇ってきてるとか。
馬鹿馬鹿しいな。前の二つはとにかくとして、最後のはちょっと無い。
こうやって思考を働かせても、視界から入ってくる情報はしっかりと脳に届いてしまう。
「…………」
へし折られた道路標識。夥しい量の血の跡が残る道路。横転した自動車。その時に即死してゾンビにならなかったのだろう、車の中で潰れている男性の死体。昼だと言うのに車の通りが無い。点滅する信号が酷く虚しい。人気は殆ど無く、変わりにゾンビがよろよろと歩きまわる。
見知った風景が、もう修復が効かない程に破壊されている。
学校の中の惨状を見ただけでは、俺はまだ現状を完璧に認識していたとは言えなかったようだ。
この風景を見て、ようやく俺は日常が壊されたのだと思い知った。
「助けてぇ!」
坂を下りきった所で、女性の悲鳴。
逃げ出した学校の生徒だろうか。制服を着た女が、ゾンビに引き倒されていた。彼女は手足を振り回し、必死に抵抗するが、ゾンビの腕力は凄まじい。抵抗虚しく、その喉仏に喰らいつかれてしまった。彼女は絶叫し、更に激しく手足を振るが、もう手遅れだ。ゾンビに噛まれた者はゾンビになる。……俺はなってないけど。
彼女の悲鳴を聞きつけたゾンビがヨロヨロと彼女の方に集まっていく。すぐ近くにあった民家の庭からも、血だらけの老人がヨロヨロと姿を現した。白濁した双眸で彼女の方を見ると、低い呻き声を上げながら歩き始める。
彼女の悲鳴を聞きつけてやってきたのはゾンビだけでは無かった。隠れていたのか、近くのクリーニング屋から二人の男性がバットを手に現れた。「大丈夫か!」などと叫びながら、ゾンビをバットで殴り倒して彼女の救助に向かう。
酸っぱい物が腹から喉に迫り上がってくるのを抑え、俺は彼らに背を向けて自転車を漕ぎ始めた。今の俺には誰かを助けようだなんてとても思えない。実際に肉を食い千切られているんだ。既に傷は殆ど治っているとはいえ、あの恐怖と苦痛はそう忘れられる物ではない。
そういえば、折れたかもしれない右手の感覚は大分治っている。驚異的な治癒速度だ。若干ぎこちない物の、もう普通に使用出来る。
俺はグーパーグーパと動きを確認し、小さく溜息を吐く。
さて。
血に塗れた下校の始まりだ。